Tokyo-Hakodate

物心ついてから初めての北海道。
国内で6泊もするのは新婚旅行以来かもしれない。
前半は仕事やめたら北海道に行こうと約束していた母と、
後半は写真を担当している大好きなバンド「オオフジツボ」と周った。

9月23日。
羽田から函館へ。1時間ほどで着いてしまう。
空港からバスに乗って海沿いを走る。空港と函館駅だけを結んでいるのかとおもいきや
意外と市内のいろいろなところを周って下ろしてくれるのでベイサイドで降りる。
今回泊まるのは、「朝ごはんが美味しい」という友人オススメのラビスタ函館。
港の倉庫群に隣接して唯一の高層建築で悪目立ちしているが
内装はシックなアールデコで、部屋にコーヒーミルなども付いていて良かった。

ホテルで荷物を置いてから、まずは金森倉庫群を抜けて港へ。
煉瓦と紅葉しかけた蔦が美しい。

金森倉庫群

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その後、海峡通に出ると廃ホテル「HOTEL NEW HAKODATE」があった。朽ちた旗が萌える。

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EX HOTEL NEW HAKODATE

その後、大三坂、八幡坂、チャチャ登り、二十間坂元町の坂をのぼったり降りたりしつつ、函館教会、ハリストス正教会、カトリック元町教会などを見る。函館は海に挟まれて風が強く、火事になると風に煽られてあっという間に延焼したらしく、防火のために道が広くなっているらしい。
ゆったりとした石畳の坂が素敵な街だ。二階部分の建具が洋風で、一階が和風という擬洋式の建築は民家として残っている物が多く、町と調和していてよかった。蔵の窓も二重になっていて、北海道独特だなあと思った。

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函館教会

函館ハリストス正教会

聖ヨハネ教会

そのまま元町から二十間をこえて函館山へ。
ちょうど日没を狙った観光客で展望台はごった返していた。
最前列に陣取った人がなかなか動かないので後ろの人が「もうじゅうぶん綺麗に写真撮れてるじゃん…もういいじゃん…」って呪いをかけていた。

函館山

その後、カニ食べたいという母の意向により、そのままタクシーで五稜郭の開陽亭という海鮮居酒屋で毛ガニをいただく。
これで4000円弱くらい。やはり東京で食べるよりはかなり安いかんじ。

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帰りは函館の市電に乗って「魚市場通」まで。木の床が残っているレトロな車両がかわいかった。

impressions

日曜日は休日出勤前のI氏と散歩。

まず千駄木から本郷のほうにあがり、本郷界隈をうろうろする。
聖テモテ教会が鱗屋根だということを知る。

うろこの屋根

東大の地震研究所のむかいにある願行寺に立派な富士塚があることを知る。
庚申塚のディスプレイ(?)がかっこいい。

この庚申塚は立派だなあ。近所なのに初めて見た。

その後、西片方面へ行き、鳳明館のある美しい坂をのぼる。
向かいにあった木造三階建ては壊されてしまった。さすがに老朽化がひどかったのだろう。

素敵な坂。

その先にある求道会館が仏教施設であったことを知る。
ヨーロッパ洋式と寺社建築ミックスが伊東忠太的。

有形文化財だったんだ。ヨーロッパと寺社建築ミックスで伊東忠太的。

その後、長年近所にいるわりには入ったことのないカトリック神田教会の礼拝堂を見る。

ここはほんとにヨーロッパの教会みたいだ。初めて中に入った。

ここ神田教会は国内屈指のカトリック教会であり、内装外装雰囲気含めて
かなり「ヨーロッパのそのへんにある教会」に近い。
ステンドグラスも彫刻も絵画も、日本の枢機卿がバチカンから貰ったというフレスコ画も素晴らしい。

大学もミッション系だったし、諸国を旅してそれなりの作法も知っているのだが、
こんな荘厳な空間にいても「具体的にお祈りしよう」という気持ちは
案外湧いてこないもんだな、ということに気づいた。
お寺や神社に行くと、自然にお願いごとが出てくるのだけど。
キリスト教に求めているのはエキゾチックな文化と芸術なのだろう。
京都や日光にやって来た外国人観光客が賽銭箱の前までなかなか行かないのも、
きっとこういう気持ちなんであろうなと理解。

その後、かわいらしい神田猿楽町町会詰所などを見て神保町に出る。

詰所かわいい。景観まちづくり重要物件とのこと。

淡路町まで歩いてI氏を見送ってから、わたしは万世橋を越えて秋葉原へ。
中央線の高架下の赤煉瓦と万世橋の意匠、それからアキハバラの電気街
このへんは本当に古い東京と新しい東京が共存している。
ラジオ会館は壊されてしまった。電気街も新陳代謝している。

新旧。

atreをぶらぶらして、ちょっとは世間様の流行も見ておこうという気になったので原宿に向かう。
(当初は銀座に出るつもりが有楽町を乗り過ごしたので場当たり的に原宿になった)

できたばかりの東急プラザを見る。一転して今の東京の風景。
morrors

東急プラザが意外と卒のないラインナップで、せっかく原宿まで来たのになあと思って
ラフォーレを上から下までじっくり見る。80’s一色でちょっと恥ずかしいかんじだ。
あたしが高校生の頃にネオヒッピーが流行って、高円寺で買った古着の花柄のシャツやベルボトムを
両親がなまぬるい目で見てた気持ちがわかってしまうのであった。

歩き疲れたところで休む場所もないのでそのまま帰宅。
期せずして建築をめぐるお散歩となった日曜日だったとさ。

Museum of Architecture

プラハは「建築の博物館」と呼ばれている。

ロマネスク様式はさほど多くないものの、
ルネッサンス、ゴシック、バロック、ネオルネッサンス、
スターリン、キュビズム、現代などなど各種そろっている。
建築様式ではないが、アールヌーボーの意匠もよく見かける。

建築にはあまり詳しくないが、チェコのランドマークになるような教会には
前面に時計が配置されているものが多いように思う。

道々、「おっ」と思った建築をアップしたので
よろしければごらんください。

bon weekend

土曜はキモノ部の部活動だったので、キモノ女子たちに囲まれてうだうだと楽しく過ごす。
新年らしく華やかなコーデで素敵でした。
あきらかに「お茶」とか「お花」とか「観劇」ではない
けったいな人種がどやどやと入ってきたので、居酒屋のお客さんは多少面食らっていたが。

そんなこんなで夜更かししたので日曜は昼過ぎに起きて、
駒場の日本民藝館へ。
柳宗悦の蒐集品を展示している資料館なのだが
建築もコレクションもとても素晴らしかった。

すっかり満足して渋谷の中国茶屋で飲茶をして
Loftで家のものをこまごまと買って、マークシティのふもとで食べるところを探していたら
I氏が前から行きたかった「カウベル」という牛肉料理屋(ジャンルはフランス料理屋らしい)を
偶然見つけたので入ってみることに。
がっつり肉!で、ワインもお手頃でよかった。
Mont d’Orという冬限定のチーズを食べたかったのだけど
もう売り切れてしまったと聞いてしょんぼりしていたら
お店の人が皮のまわりにこびりついたチーズで
クロスティーニのようなものを作ってくれた。
(よっぽどがっかりしたと思われたのだろうか…)
美味しゅうございました。

naoshima 2

朝一番で地中美術館へ。
混んでるし、印象派はあまり好きではないし、どうかなあと思っていたが、結果行ってよかった。
安藤忠雄の建築も素晴らしいし、モネの睡蓮を飾るためだけの白い、明るい部屋も素晴らしいし、
なにより、タレルの青い部屋は感覚が解放されるような上も下もなくなるような不思議な感覚になる作品だった。

美術館につづく道は、南フランスのような睡蓮の池が。

その後は、直島の町をぶらぶらしつつ、家プロジェクトをいくつか見る。
作品ももちろんよいのだけど、古い町並みが残る島の風景がよい。
ぽつりぽつりと、若い人たちが出している店もある。
一般のお宅の玄関も、どことなく「アートなかんじ」になっているのが微笑ましい。


護王神社
杉本博司/Appropriate Proportion


大竹伸朗/歯医者

谷根千もそうだけど、町自体に魅力があったのに長いこと気づかれなかったようなところも、
外から評価されて、その町が好きになって若い人が入ってくると町は老人も含めとても元気になっていく。
今まで汚いままにしてあったところも綺麗になる。
若い人のほうが、外から認められたいという認知志向が強いからだろうか。
新しいコトはするけど、今あるモノは大事にする傾向も中高年よりも強いと思う。

日本にはこういうところがまだまだたくさんあるのだと思う。
呼び水さえうまく入れられれば観光立国になるのも夢ではないと思うのだ。
まずは国内で褒め合えばいいんじゃないの。

勉強不足でまわりきれなかったので、また行きたい。
ちなみに直島はバスと船と、美術作品の公開ステータス
(公開時間と、整理券の要不要、予約の要不要など)がキモです。
これを把握してないと今度は時間をもてあましてしまう。
まあ、最初は全部回ろうとしないことだ。意外と広い。

夕方、高速艇で高松へ。

naoshima 1

犬島から高速艇で直島へ。
叔父と叔母に見送られたのだが、手を振る人がどんどん小さくなって、
陸はどんどん離れて行く風景というのは
なんだか新鮮かつ切ないものであった。
なんだこのノスタルジー。インプリンティング?

直島へは30分くらいだっただろうか、鄙びた港を想像していたら
港がガラス張りの近代的な建物でびっくりする。
港のまわりは芝生の公園になっていて、オサレなベンチや
草間弥生のかぼちゃ(赤)の作品。
こどもが登ったりしていて、ほのぼのした。

バスに乗って宿にむかう。
一方通行の細い道を、幅いっぱいのバスがのろのろと進む。
GWだからか、先日のテレビの影響か、細い路地には観光客が多い。
香川の小さな島が現代美術でずいぶん成功したんだなあと思う。

今回泊まるのはベネッセハウスの「ミュージアム」という棟。
まさに美術館の中に部屋がある。
作品を横目にみながら、privateの看板がたつ廊下にひょいと入ると
すぐに客室なのだった。
部屋数が少ないのにGW直前で偶然空いていたのだった。
直前でキャンセルが出たのかもしれない。

ベネッセハウスは、ミュージアムのほかにパーク、ビーチ、オーバルなどの棟に分かれており、
それぞれに美術作品が置かれている。
オーバルは宿泊客しか入れず、専用のモノレールで移動するという凝った作りなのだった。

コレクションに関しては、ひと昔前というかんじはあるものの、
箱が大きくかなりゆったりと配置されていて
そのへんの県立の現代美術館などよりはよっぽど立派だ。

広い敷地内を移動して作品をぶらぶらみていると、あっという間に時間がたってしまう。
しかしそのまま美術館の中で眠れるという余裕は、優越感があってなかなかいい。

海にある草間弥生のかぼちゃ(黄)は、やっぱり存在感があった。
まるで広告のような写真になってしまったが。

一般客が出たあとの、ひっそりとした美術館で
杉本博司の写真作品がほぼ貸し切り状態で見られたのが嬉しい。

okayama 4

夕景の高松城跡 附水攻築堤跡。
特に何があるわけでもないのだが
水辺で、古い蔵のような資料館があって、
良い気が流れているようなところだった。

伏見稲荷、豊川稲荷と並ぶ三大稲荷のひとつ、最上稲荷をお参り。
ここの仁王門というのがちょっと変わっている。
焼失して昭和33年に建て替えられたのだそうだが 、インド様式でパゴダのよう。
仁王といいつつ、左右には狐が入っていて、なんだか不思議な建築物であった。

叔父の家は古民家で、犬を二匹飼っている。
エリカはちょっと精神的に病んでいる甲斐犬で、
クリは要領のいい柴犬。二匹ともかわいい。

晩は、薪ストーブを炊いたり、薪でお風呂を沸かしたりと
古民家一日体験を満喫する。わたしは見ているだけだったが。
台所の竈も、目地の細かなタイルがすごく可愛いのであった。

部屋に大きな蛾が一匹舞い込んできたのだが
叔父は「あ!モスラちゃんや!」と言いつつ追い掛け回したものの捕獲に失敗。
「しかしな、よくみると目がつぶらでカワイイで。」ということで
一晩ご一緒することになった。ある時を境に気配を消したのだが
一体、どこに潜んでいたのだろうか。

tokyo-okayama

2010年5月1日

7時発の新幹線で岡山へ。
叔父がセカンドハウスに古民家(!)を買って改装しながら住んでいるというので
遊びにいくことに。

駅まで叔父と叔母に車で迎えに来てもらって、岡山駅からスタート。
駅前広場には、やはり桃太郎がいるのであった。

岡山駅の目抜き通りには路面電車が走っていて
なんだかのんびりしたかんじだ。
路面電車の駅名も寺の名前などがあって、その土地の古さを感じさせる。

■ 吉備津神社

ここはいつ創建されたのかさだかではないくらい昔からある神社らしく、
吉備津神社のオフィシャルサイトを見ても「よくわからない」と書いてある。
国宝の本殿は京都の八坂神社に次ぐ大建築なのだとか。

長い木造の階廊と牡丹が美しい。

また、ここは「鳴釜神事」というのが有名だそうだ。
大きな釜にお米をいれると、大釜がうわんうわんと共鳴して
その音で占うのだとか。

撮影不可だったので、詳細はHPを見ていただくとして
薄暗い部屋に、大釜が火にかけられて蒸気を出し
そこになぜか割烹着のおばちゃんが正座していて
鳴釜神事について神妙に説明してくれるのが印象的であった・・・

http://www.kibitujinja.com/narukamashinji.html

impressions

昼ごろに起きて、朝ごはんを食べ、Twitterでパンの話をしていたら
急にパン屋さんのまんがが読みたくなり神保町へ出かける。

神保町へはメトロで3駅。新御茶ノ水から歩いてゆく。
スポーツ用品店はシーズン中でセールということもあって混んでいる。

書泉、文房堂、三省堂をまわったのだが
お目当ての本が見つからず、そこから小川町、淡路町、須田町を通って
万世橋を渡り、岩本町の書泉へ。そこでお目当ての本を見つける。

昨日、NHK『ブラタモリ』の再放送で、かつて東京駅と同じ建築家によって建てられた
万世橋駅のことをやっていたので、煉瓦の壁を見つつ、かつて賑わったターミナル駅のことを思った。
秋葉原駅もどうせ改修するなら、万世橋駅を復元すればいいのに。

それからヨドバシの有隣堂も覗いて、タワレコで絢香と矢野顕子のCDを買った。
絢香はテレビで見て「すごいなあうまいなあ、でもなんか切羽詰った感じだなあ」と思っていたら
色々な事情で活動休止されるのですね。
放っておいても日本を代表する歌手になるだろうから、早いこと復活してほしいものだ。
矢野顕子は、ずっと食わず嫌いだったのだけど、新譜の『音楽堂』がとても良かったので。

それからMUJIで日用品を買って
広小路と不忍通りをいったりきたりしながら湯島まで歩いてメトロに乗って帰ってきた。
気づいたら、夜も10時前になっていた。

some tweets and 2 apples

不忍通りの古書ほうろうさんに本を売りに行く。

鳩山郁子は大事にしていたけれども、読み返す頻度が低いので手放す。
有栖川有栖の単行本は、かさばるので文庫で買い直す。
(こうやって有栖川の本は幾度買い直したことか!)
保坂和志も、文庫で気軽に持ち歩きたいので重いのはサヨナラ。
あとはまんがを十数冊。次の人に楽しんでもらえることを祈りつつ。

で、一箱古本市の出張版「だいこん洞」さんの箱から
松葉一清『帝都復興せり!』を購入。東京のモダン建築をまとめたもので
文庫だけれど図版が多いのがよい。

で、ここまでは良かったのだがオマケの話が。
間抜けなことに、私は本を運んだトートバッグをお店に置いてきてしまったのだ。
なんで気づいたかというと、買い取りのときにちょっとお店の方と「Twitter見てますー」なんて雑談したのが幸いし
お店の方が「忘れてますよ!」と、つぶやいてくだすった次第。

https://twitter.com/legrandsnes/status/6199943282

それ、わたし!わたし!うわあすみません!ってなイキオイで
ダイレクトメッセージを送り、取りに伺う旨をお伝えした。

Twitterってこんな使い方もできるのか・・・(ふつう、しねーから。)

で、本日とりに伺ったら、林檎(長野県産&福島県産)までいただてしまって
ありがたいやら申し訳ないやら。

なんとも下町らしい(?)ハイテクなやりとりにほっこりしました。
林檎は家族で美味しくいただきました。
ありがとうございました。

older and older

水郷の小江戸・佐原に行ってきた。

あいにくの天気だったのだけれど、江戸の町人文化が残る佐原は
政府の肝いりで再開発されているらしく、川越を凌駕する小江戸っぷり。
(成田に近いこともあって、政府の要人を観光させるのによい立地らしい。)

佐原出身のI氏は、その変貌ぶりに驚いていた。
たしかに、故郷が再開発で様変わりしてしまうのは昨今珍しいことではないけれど
久々に来てみたら「古くなってる」ってのは珍しいケースだよな。
しかも江戸時代にまで・・・

夏に開催されるお祭りも荘厳なものらしいので
皆様もぜひ、足を伸ばして行かれてみてはいかがでしょうか。
物販はまだまだ弱いかんじだけど、保存状態のよい小民家やレトロ建築が
小野川沿いに並ぶ風景は素晴らしいです。

the station

東京駅が好き。
どのくらい好きかというと、東京駅とお手々つないで歩きたかったり
東京駅の誕生日にお呼ばれしたいくらい好きなのだが。
とにかくヴクトリアン・ゴシック様式の重厚な建築が素晴らしいのは当たり前として、
ダンジョンみたいな地下空間とか、
通ったことのない連絡通路とか。
地下にむき出しになった煉瓦の壁とか
アールデコ風のライトとか。
要人しか通れない赤絨毯の先の暗い影とか。
駅の構外/構内にはレストランや飲み屋や土産屋、本屋、服屋
パティスリにワイナリ、美術館、デパート、ホテル、なんでもあるし
新幹線乗り場の近くの日本語英語いりまじったアナウンスや雑踏も好き。
高速バスの発着所、各鉄道会社の窓口、旅のポスター、
スーツケースをひく人々が足早に歩いていくのも好き。
ここにくるといつも旅のことを思う。
旅の出発点だと思う。
そんなわけで、今日も東京駅をうろうろしてしまった。
ちなみに、連絡通路ではだだっぴろいわりに人の少ない
「行幸地下道」が好きです。(マニアック)

tour du Nord


東北旅行してきました。
上野→(新幹線はやて)八戸→(特急つがる)→青森→(タクシー)青森県立美術館→(タクシー)タクシーの運転手さんに教えてもらった宿に投宿 →(快速しもきた)下北→(バス)恐山→(バス)下北→(快速しもきた)野辺地→(特急つがる)弘前→弘前の文房具屋の兄ちゃんに教えてもらった店で飲んだくれる→観光局でなんとか押さえた民宿に投宿→弘前城界隈観光→(拘束バス・ヨーデル号)→盛岡→光原社とか→トリコさんとスペイン料理!→駅前のビジネスホテルに投宿→(シャトルバス)いきあたりばったりで岩手県立博物館・博物館まつりに参加→(シャトルバス)盛岡市内観光→(新幹線やまびこ)上野
こんなかんじの、移動ばっかりしていた4日間でした。
この観光シーズン、ネット予約は全滅でしたが
なんとか宿が見つかってよかったよかった。
なんとかなるもんだ。
詳しくはまた。
弘前が特によくて、洋館ばかり撮ってしまった。

yukata in asakusa


総勢8名で浴衣で飲み会。
待ち合わせ前に六区界隈をぶらぶらする。
フルーツパーラーでジュースを飲み、
大桝さんでワインをひっかけて雷門へ。
まずは六区のとばくちにある居酒屋のこあがりで
麦酒で乾杯。チャンジャやモツ煮をつまみつつ
店に置いてあるテレビなんかを眺める。
伝法院通りから六区に続く道は、江戸時代の建築を模した意匠に
統一されているのだが、造りのちゃちさが浅草らしくてよい。
2軒目は沖縄料理屋。
飲み放題の泡盛に「白百合」がある時点で
なんかちょっと狂っているのだが
料理もボリュームたっぷりで満足であった。ラフテーうまー。
3軒目は吾妻橋のたもとにある羽ネル屋で。
もう焼き物は終わったというので韓国海苔とピーナツで
ちぴちび飲んで解散。
しかし男子3名、女子5名の浴衣姿というのは眼福であった。うほうほ。
浅草も京都みたいに、着物で来たらサービスがあったり
交通機関がタダになったりすれば、さらに観光スポットになると思うのだが。
もうすっかり店じまいした仲見世通りで
外国人観光客に「いっしょに写真を撮ってください」と言われた。
トルコから来た、というのでトルコ語で挨拶したら
えらい驚いていた。(そりゃそうだろう。)
「わたし、前世はトルコ人だと思うの。」というのはさすがにトルコ語では言えなかったが。
(そもそも前世の概念がないよなあ)

marche


今日は友人と日本橋に浴衣を見にゆく。
まずは利久庵さんで蕎麦。
昼間っからビールは最高ですなー。
わたしは美味しいと評判の納豆蕎麦をいただいた。ウマー!
昔は饂飩のほうが好きだったのに、最近は断然蕎麦だ。
三越は、さすがの品揃え。
あそこは女性だけでなく、男性の販売員でも着物を着ている人がいるのは流石。
○に「越」のマークの前掛けをしていて、江戸時代、呉服商の頃の三越には
こんな人が反物広げて右往左往してたんだろうなあ、というかんじで愉しい。
たいそう渋くてかっこよかったよ。
竺仙さんのはさすがの古典柄で本当に美しかったし
仕立て上がりで欲しいものもいくつか。
「このあいだ白地の綿紅梅を買ったばかりじゃないバカバカ」と思いつつ
「でもこういう柄ゆきは持ってないし…」なんてぼやきつつ
最終的には自分との戦いになるのであった。
その後、高島屋と、上野の鈴乃屋をひやかしたが
やはり三越が一番ツボに入ったラインナップで、
店員さんのかんじもよく、あそこで買いたい、と思わせる何かがあった。
それに日本橋三越本店のあのアールデコ風な建築は
なんかときめくんだよな~
今日は蒸し暑くて、ポリの襦袢にポリの単衣を着ていたのだが
ずいぶん汗をかいてしまった。
5月後半~6月は木綿の単衣がベストだな。

Iran : Esfahan 4

2009年5月5日
ということで、食中毒明けで、絶食なり。
とはいえ、イラン観光のメインともいえるエスファハン。
世界の半分と言われるエスファハンを参らないとは
日本に来て京都に行かないようなものなのです。
胃が痙攣していようとも、カメラを持って出陣なのです。
■ ヴァンク教会
いきなり、キリスト教の教会へ。
イスラム教というと、どうも排他的なイメージなのだが
(かつては)他宗教に寛容な国も多く、トルコにも、
そしてここイランにもアルメニアの正教会がある。
ヴァンク教会のあるジョルファー地区には古くから
アルメニア人が多く住み着いており、かつては6万人もいたとのこと。
実に13もの教会が現存している。
ヴァンク教会はアルメニア正教らしい建築で
そここに、聖人の壁画が描かれている。特に礼拝堂の絵は見事なものだった。

併設した博物館では、高校の修学旅行生とかちあい
「ジョモン!ジョモーン!」と声をかけられる。
どうも、今イランで大流行している韓国の時代劇ドラマらしい。
おぼえたての英語で話しかけてくれる。会話になるのが嬉しいらしいが
こちらが質問したことには50%くらいしか応えられない。
おたがいヒアリング能力を鍛えようぜ。

アルメニア博物館には、髪の毛の上に書かれた聖文(もちろん顕微鏡でしか見えない)や
世界最小の0.7gの聖書など、トンデモなお宝がたくさんあるのであった。
ここはなかなかの見所。
■ マスジェデ・ジャーメ
創建は8世紀という法隆寺なみに古い寺院。
なかはとても落ち着いた雰囲気で、日干し煉瓦がアーチを作るホールや
幾何学模様の天井が今までみたこともないような模様を描いている。
まるで複雑なパッチワークのようだ。



目眩に耐えつつ、それでも写真は撮りつつ、なんとか凌いで昼食。
エマーム広場の中にあるレストランで食事をした。
ここの給仕は、めずらしくネクタイをしていた。
イランでは「反イスラム的」ということで、ネクタイを嫌うとガイドブックに書いてあったが、
実はそうでもないらしい。
(ガイドのガンバリさんも事務所ではネクタイをしていると言っていた。)
ここでタイ王国からの観光客ご一行と一緒になったのだが
ひとり、素で、まったくスカーフをかぶっていないおばちゃんがいた。
ちょっと頭からずれちゃってる、とか、風でめくれてる、とかは許されるのだが
まったく被ってない、というのは奇異なものに映るらしく
ガンバリさんのほうが動揺していた。
「もう、裸で歩いてるようなものです!」とまで言っていた。そこまでか。
もしかしたら強烈な仏教徒で、スカーフを被るのを拒否しているのかも・・・
ちなみに、ご一行のツアコン男子二名とは、少し話もした。
そもそも彼ら、裏原宿系の男の子みたいにオシャレなんだけど、
どうも日本人でも台湾人でも韓国人でも中国人でもないような雰囲気で、
遠くで見つつ、わたしとガンバリさんは
「スリランカ人?」「いや~ちがうでしょ~。もっと東アジアだよ。」と噂していたのだ。
で、とうとうガンバリさんが我慢しきれずに、本人に「ねえねえ、何人?」と聞いた次第。
タイとイランと日本の出会いであった・・・(異文化コミュニケーション。)
彼ら沖縄に2ヶ月も滞在したことがあるらしく、少し日本語がしゃべれる。
わたしが「コップンカァ(ありがと!)バイバイ。」とタイ語で挨拶したら
「サヨナラー!キヲツケテ~」って日本語で返してくれた。
タイの人はニコニコしてて良いなー。

Iran : Tehran

5月1日
泊まったホテルはテヘランの中心部。
考古学博物館のすぐ裏のあたりだった。
■考古学博物館
ドイツ人建築家による堂々たる建物の考古学博物館。
しかし、門扉に立っている警備員のお兄さんは
バ ナ ナ 食 べ て ま す 。 ゆるーい。

バナナの皮をぷらんぷらんさせながら歩いていくお兄さん。
考古学博物館の中には
紀元前5千年くらいからの貴重なお宝がたくさんあるのだが
なかでも動物をかたどったものがおもしろい。

これは
N O V A う さ ぎ ?
■アサダーバード宮殿博物館
次はテヘランの北にあるアサダーバード宮殿博物館へ。
途中、すずかけの並木が数キロ続くのだが
新緑が非常に美しい。
テヘランて乾いた都市というイメージだったので
緑が多いことに驚く。

宮殿自体はこぢんまりとしたもので、近世の宮殿ということでいえば
トルコのドルマバフチェ宮殿には足下にも及ばないかんじではあるが
それでもフランスに影響を受けた調度品などはたいそう美しかった。

宮殿の前にある足下を残して倒されてしまったシャー(国王)の銅像。
奇しくも現代アート風になってしまっている。

■絨毯博物館
大阪万博のころを思わせるレトロ近未来な建築。
中には国宝級のカーペットが展示されている。
絨毯のよしあしは素材と染料、そしてラッジの数で決まるそうな。
ラッジとは7cm四方に結び目がいくつあるかという単位で
高価なものになると120ラッジを越えるものもある。
織物と言うよりもプリントのように見えるのであった。
なかに、世界の偉人と建築を織った珍しい絨毯があるのだが
さて、日本はどれでしょう?と質問されたが
それらしき人物も建築も見つからない。

「正解はこれです。」

(写真中央。)
「誰これ。」
こんなアフロの人は知らない。
ガイドさんも、
「日本のお客さんは誰一人、どれが日本か当てられたためしがないです。」
と言っていた。そりゃそうだろう。
夕刻になったので、国内線で1時間ほど移動しシラーズへ。

impressions

池谷裕二、糸井重里 『海馬』 (新潮文庫) 読了。
人を、細胞レベルの細かなパーツにわけて、それぞれの機能や関連性を調べ上げて
まるでひとつの機械のように語るというのはあまり好きではない
(というか、仕組みがわかったところで、悲しいとか寂しいとか嬉しいとかいう感情は
どうにもならない無力感のほうが先にたってしまうので)のだが、
もう百万遍も言われているような
「新しい環境にとびこんでいくことの素晴らしさ」とか
「老いても好奇心を忘れないことの素晴らしさ」とか
「失敗は成功のもと」みたいなことが
科学的な切り口で語られていくので、力づくで納得させられる気分になる。
しかも、理詰めのメカニカルな話のスキマに
糸井重里の理系に関する素人くささと、クリエイティブを生業にする
彼ならではの鋭いツッコミが入って飽きさせない。
「あ、ついていけなくなりそうだ」ってところでまとめが入る
わかりやすい構成になっている。
そして底辺には「脳ってすごいじゃん」という楽観的なものが流れていて
なんだか無条件に励まされてしまう。
この本は売れただろうなあ、と思う。
あまり本筋とは関係ないところなのだが、
寝ないで仕事して、ちょっと常軌を逸した作品を作っちゃう手塚治虫や宮崎駿のような
天才の話をしている中で、糸井氏が
「だいたい現代って、整合性の高いことや構築しやすいもの
ばかりじゃないですか。おなじようなものしかつくられないんですよ。
秀才タイプは山ほどいるんだけど、新しい可能性や多様性が、見えてこない。」
っていう言葉が出て、それが一番今の自分には刺さる言葉なのであった。
今、自分のホームページを一通りリニューアルしたところなのだけど
(たぶん、見ている人にはちっともわからないと思うが)
見やすく、遷移しやすく、というところを重視してソリッドにしすぎたなあ、
という反省があるのだ。要は、このデザインすげえつまんないよね、って話で。
そんなわけで、自分のサイトの一角を区切って
ひとつのテーマで好きなように作れるスペースにしようと思っていて
デザインの本やら、昔の建築の写真集やらを引っ張り出して
いくつかの意匠をスキャンしたりして手を動かしながら考えていたのだけども、
(ちなみに『海馬』によると、脳の側坐核という場所が「やる気」を司っているのだが
これは、やり始めないと「やる気」を出さない仕組みになってるそうだよ。)
どうしても「ブログのシステムを使ったら構築も更新も楽なんじゃねえ?」という考えが
むくむく出てきてしまう。
でもそうするとテンプレートに沿ったものしか生成されないから
デザインはしばられちゃう。
ものすごく凝ったレイアウトとかは出来なくなる。
どっちをとろうか、というところで悩んでいたのであった。
自分で決めて自分で満足するんだから、どっちでもいいじゃんって思うんだけど
でもやっぱり他者がいないと表現できない、っていうのはまた別の話だ。

Waltz


眼科の検診で会社を休む。
散瞳薬を滴れられると、半日、視界がぼやけて仕事にならないのだ。
とりあえず、PCも本も見られないので
近所のフランス料理屋「MOMO」でランチをいただき
旧岩崎邸庭園を散歩した。
(まるで50代主婦だ。)
旧岩崎邸庭園はものすごーく近所にあり、歩いて行けるのだが
都の管轄になって、公開されて
「まだ混んでるから様子見よう」なんて思っているうちに
5年も経ってしまっていた。
西洋館はジョサイア・コンドルがやりたい放題やってるかんじで
微笑ましかった。ワニスを塗った柱なんて、まるで革細工にしか見えない。
ヴィクトリア調のタイルやら、イスラム風の婦人用客室があり
となりには和館がくっついていて、なぜか西洋館と離れの撞球室は
地下トンネルでつながっているという意味不明な造りであったが
きっとこれを建てているときの岩崎氏は楽しかっただろうなあ。
秋は、玄関の樹齢800年の銀杏と、銀杏をモチーフにした
エントランスのステンドグラスが輝いて、さぞ綺麗なことだろう。
ベトナムのコロニアル建築もそうだが、
東洋のなかにある西洋館というのに、どこか惹かれるのであった。

Ho Chi Minh City 4 – Siem Riap

べトナム~カンボジア4日目
2008年12月30日
朝、サイゴン大聖堂へ。
19世紀のフランス統治時代に作られたゴシック建築なのだが
なかに入ってみると、漢字やベトナム語のプレートが壁にかかっていて
アジアのキリスト教会というかんじ。長崎とかんじが似ていた。
マリア様は青いネオンに彩られていてなんともサイバーパンクなかんじに・・・
このへんもアジア。


その後、市立博物館へ。
どうも今のホーチミンでは、コロニアル建築で記念写真を撮るのが
はやっているらしく、街中に新婚さんたちがうろうろしている。
市立博物館も人気写真スポットらしく3組くらいが
こってりとポーズを決めて撮影していた。

なんかチャラい茶髪ロン毛のカメラマンが
「イイよイイよ~キてるよキてるよ~」と言いながら撮影してた。
新郎新婦もばっちりカメラ目線でノリノリだ。さすが。
でも新郎は中井貴一にそっくりだった。(「でも」ってひどくないか?)
展示はお世辞にも充実しているとはいえないが、
ひなびたコロニアル建築は味わい深くて個人的には大満足。
展示の密度がいまいち低いかんじがするのは、戦争博物館や歴史博物館が
点在していて、展示品がばらけてしまっているせいだろう。
昼はドンコイから少し入った路地にあるおしゃれなカフェで。
なんか青山にありそうだなーと思っていたら、ORIGINAL LOVEの曲が
かかったのでびっくりした。田島貴男って音楽はともかく(失礼)
この人のキャラは「ほぼ日」の「俺のニュース」でかなり好きになったんだよな。
タイムリー。
http://www.1101.com/original_love/2008-12-17.html
練乳入りのアイスベトナムコーヒーの「カフェスダァ」とチキンカレーを。
カレーはココナッツで煮たレッドカレーで、
タイカレーほど辛くなく食べやすい。
チキンも豪快にごろごろ入っていた。
それから車で空港へ向かいカンボジアへ移動。
1時間のフライトであっという間に着いた。
タラップを降りると、だだっぴろい滑走路に、
椰子にかこまれたオレンジの屋根の空港施設がある。
国際空港だが、パリのCDGみたいに
「撮影をするとフランスの法律により罰せられることがあります」とか言われるわけもなく
ものものしさ皆無。なんとものんびりした雰囲気であった。
バスでパシフィックホテルへいき夕食。
カンボジアの料理は和食と中華料理のあいだみたいなかんじで
まったく辛くなく、だしが効いていて、甘い味付け。
かつおだしとみりんで調味する和食にも通じるところがある。
ホテルの人がみんなにこにこしていていいかんじであった。
どことなく、はにかみやさんでほのぼのしている。
ガイドのマリさんも日本語勉強中とかで、たどたどしいけど
きちんとした丁寧な日本語を話そうと一生懸命で可愛い。

オドレィ・トトゥみたいな可愛い子が
ホテルのロビーで木琴のような伝統楽器を弾いていた。
レストランのマネージャーに「こんにちは(チュムリアップ・スォ)」と
「ありがとう(オークン)」というクメール語を教えてもらった。
クメール語は、中国語の影響を強く受けているベトナム語とは
まったく違った印象。難しい声調もないようで、とりあえず発音すれば通じる。
ただし、文字はクメール文字なのでまったく読めず・・・
投宿したのは「サリナ・ホテル」という、こぢんまりとしたリゾートホテル。
ポーターもレセプションの人も日本語で挨拶してきたりして、
にこにこしていた。なんか沖縄に雰囲気が似ている気がする。
(ポーターのおっさんは相当面白い人だということが後日発覚。)

Ho Chi Minh City 2

12月28日
ベトナム2日目
■アオザイを作る。
午前中はタクシーでアオザイ屋へ。
ガイドブックに載っていたのだが、一日で仕上げてくれるというので行ってみた。
入るとお姉さんがべったりついてこってり接客してくれる。
生地を選ぶのだが、シルク100だとハリが強すぎて落ち感がないし
刺繍は派手な金糸で孔雀とか花とかキャバクラのおねえさんみたいなのばかりなので、
薄いブルーのシャンブレーで、菊の織柄が入っているものにした。
「じゃあこれにします」と言った瞬間ふたりがかりでサクサクと採寸され
パンツの色を選び、衿先をパイピング始末にするか、とか
パンツのウエストの始末をどうするかとかを決め(2分くらいで)終了。
アオザイは、ちょうどスリットがウェストの上5cmくらいのところから入っていて
ちょっと腕をあげると、三角形に素肌(絶対領域・・・)が見えてしまうのだ。
ここに腹の肉が乗ってるとかっこ悪いので「もうちょっとスリットを低くできる?」と聞いたら
「それはきれいではありません!」と却下された。痩せろということか。

フルオーダーで作って60ドル。円高のため、ものすごく安くかんじるが
現地の価格で言ったらやはり高いんだろうな。
シルクは50%と書いてあるが、さあどうだか。
(別にレーヨン100でもいいんだけど)
また取りにいかなくてはならないかと思いきや
ホテルに届けてくれるという。
しかも、帰りはビェンタィン市場までタクシーを出してくれた。
■ビェンタィン市場。
ここは巨大なアメ横といったかんじ。
(正確に言うと、アメ横センタービルの地下1階食品売り場を巨大にしたかんじ)
とにかく、値引き交渉がめんどくさい。
売り場のお姉さんもタフなネゴシエーションをしてくる。
一番すごいのは食品売場。
塩辛みたいなのが剥き出しで皿に盛られていて緊張感はいっそう増す。
精肉売場も、おばさんがバシバシ肉をさばいていて迫力がある。


ビェンタィンから道を聞きながら徒歩で中央郵便局へ。
どうも、ベトナムの人というのは、とりあえずの道しか教えてくれない。
日本だと、まっすぐ行って、2本目で右にまがって・・・とか言うじゃないですか。
ベトナムの人は「とりあえずこの道をまっすぐ!」というかんじで
教えてくれる人がほとんど。まあ、また聞けばいいんだけどさ。
■中央郵便局。
ここもコロニアル建築で有名な場所。
特に床のモザイクがかわいい。
郵便局なのに、中央には巨大なクリスマスツリーが飾られており
左右にはお土産屋さんが。
どんつきにはホーチミンの肖像画。

ドンコイ通りを南下してホテルに戻り休憩。
b様をおいてtram氏と「フォー24」というチェーン店でランチ。
フォーと揚げ春巻きと飲み物のセットなんかもあるし
店もポップで清潔なかんじだったので女性のお客さんが多かったのも納得。
午後は雑貨屋をみながらドンコイ通りをサイゴン川のほうへ。
ここには裏原宿にあるような、間口の小さい雑貨屋と
比較的規模の大きいコンランショップのようなモダンな店が
軒を連ねている。
一番通りの端にあった骨董屋があまりに混沌としていて面白かった。
仏教からヒンズー教、キリスト教のあやしげな絵や彫像が
ぎっちりと並んでいて、照明は暗く、古着屋のにおいがする。

あと面白かったのは、ベトナム戦争時代のプロパガンダポスター。
さすが社会主義だけあって、ロシアのものに似ているといえば
似ている・・・のだが、どこかマヌケというか素朴というか味わい深い。
蓮の花と銃を持った女性のポスターが素敵だったので
I氏のお土産に買った。

サイゴン川のほとりにくるも、ぽつぽつと雨が降り出して
早々に引き上げる。
これもメコン川につながっているのだろう。
川幅は隅田川くらいか。川の色は茶色で、東南アジアの河といったかんじ。
対岸へ渡るフェリーにバイクがそのまままがんがん乗り込んでいた。

カフェでひとやすみして、夕飯は路地裏にあるフエ地方の料理を。
洗練されたインテリアで味もとても良かった。
日本人が配っていたチラシを見て行ったせいか
まわりは日本のお客さんばかりであったが。
帰り、なぜか街に国旗を持った人たちが出て大騒ぎ。
夕飯に行くみちすがら、みんなテレビに釘付けになっているなーと思っていたが、
ホテルの人に聞いてみたところ、どうやらサッカーで宿敵タイに勝ったとか。
サッカーが盛んなわりには弱くて、まさに悲願の優勝だったようだ。
国旗を持った若者が市民劇場前に集まってるわ、バイクも暴走しとるわ
道でみんな奇声をあげているわ、まるで族の集会みたいだった。
とりあえず、わたしも「イエーイ!」と言っておいたらレスポンスが良かった。


今回のベストショット。
しかし、ホテルが通に面しているせいで、夜中まですげーうるさかった。
落ち着けよ。

Tokyo-Ho Chi Minh City

2008年12月27日
日本からベトナム航空で約6時間。
スチュワーデスさんがみんなアオザイでかわいい。
なぜか機内食に人形焼が出た・・・
日本とベトナムの時差は2時間なので、全然辛くない。
やっぱり近いなー。
ホーチミン空港からホテルまでガイドさんがアテンド。
ガイドさんの名前はムアさんで、雨降りという意味らしい。
空港内のトイレでVOWネタ。(できたばっかりの新しい空港なのに・・・)

「入れて下さり。」ってのがかわいいじゃないか。
バスの中からはおびただしい数のバイクが
ばんばん走っているのが見える。
意外にも、ヘルメット着用が2007年12月から義務付けられたとのことで
着用率は100%。あの笠をかぶって乗ってる人はもう見られない。

上級者。
投宿したのは市内のほぼ中心にあるドンコイ通りからちょっと入ったところにある
サイゴンホテル。
中級(二つ星くらいか)で古いが、清潔でまあまあだ。
ファイブスタークラブという旅行会社は何度か使っているのだが
いつもホテルのアップグレードをするのに今回は年末進行にかまけて
忘れていた。くやしい。
というか、目の前にあるシェラトンがまぶしいぜ・・・
夜、街に出る。
ドンコイ通りは欧州ブランドと地元の店が軒をつらねていて銀座のようなかんじ。
通りはLEDでライトアップされていて、素朴だけど南国らしくていい。
ただしすごいバイクの数でにもかかわらず、信号がほとんどないので
道路を横断するのに難儀する。
とりあえず、バイカーたちを睨み付けつつ、アイコンタクトで間合いをとるのだ。
人が一歩踏み出すと減速してくれるローマとは違い
もうちょっと強気でいかないと。(大阪の高速で合流する時のような勝負感。)
コツを掴むとなんてことないのだが。

人民委員会庁舎、サイゴン教会、市民劇場などコロニアル建築が
ライトアップされていて綺麗。
特にフランス統治時代の名建築・人民委員会庁舎は威風堂々といったかんじだ。

夕食は「ベトナムハウス」というレストランで。
どうもブッシュ大統領も訪れた店らしいのだが
そのわりにはお安いし、店内も派手ではない。
おいしゅうございました。

hakone

わあもう疲れた死ぬる~と喚いていたら
I氏が箱根のレストランを予約してくれた。
ロマンスカーも。
青いロマンスカーに乗った!
憧れの青いロマンスカー。
青いロマンスカーは、東京~神奈川の、千代田線沿線および小田急線の人にしか
なじみがないと思うが、なぜか東京メトロの線路をロマンスカーが爆走するという
すごくシュールな特急なのです。
しかも、当然地下鉄線内は追い越せないので、
北千住、大手町、霞ヶ関、表参道しか止まらないくせに、遅い。
社内はウッディなかんじでよかった。
オリエンタルエキスプレスの50分の1くらいのときめきは感じられると思う。
イタリアのEurostarに引き続き、車窓とHappy Hippo。
(希琳ちゃん、Happy Hippoの大冒険だよ!
本人も、ドイツから英国を経由して、箱根に行くとは思うまい。)

箱根湯本からバスに乗り、アルベルゴ・バンブーという
イタリアンのお店でランチ。
ここは森の中にある洋館で、吹き抜けのバンケットルームで食事ができる。
夏はテラス席もよさそうだ。

特筆すべきは、オノナツメの『リストランテ・パラディーゾ』に出てくるような素敵オジサマのマネージャーがいる。
「わたくしから、”Buonappetito!”の言葉をおくらせていただきます。」と言うので
ここはイタリア語で、と思い「Grazie mille!」とお返ししたら
食後に「イタリアはどちらへ?」と聞かれたので
「この間、ローマとヴェネツィアへ言ってきた」と言ったところ
「そうでございますか。それはよろしゅうございます。
わ た く し も 、ロ ー マ っ 子 で ご ざ い ま す !
ローマは何度行っても飽きることがございませんね!」
と断言しておられたので吹いた。
そうか、ローマっ子でいらしたか…。
食べ終わったあとは、屋敷の敷地内を散歩。
炭火焼を見ていた厨房の人と少しお話できて楽しかった。
年季の入ったオーブンのなかは、今朝焼いたパンの余熱が
残っていて、まだじんわりと暖かかった。

帰りは神奈川県立生命の星・地球博物館へ。
ここはこぢんまりした県立の科学博物館かと思いきや
いきなりエントランスに3mくらいのグリズリーの剥製があったり
(しかもすごく攻撃的なアングルの。子供泣くわ。)
絵画のように配置された虫の標本がぎっしり飾られていて
かなりマッドなかんじ。
かなり大きなクラスタや隕石の展示もあるので、鉱物好きにもたまらないだろう。
帰りも青いロマンスカーに乗って、ばびゅーんと帰宅。
ランチにたらふく食べたので、夕食は軽めに。
丸井の地下でお惣菜を買って帰った。

snow ball


週末、I氏と日本橋へ行った。
高島屋でしゅーの参加している展示即売会があったので
顔を出した。あいかわらずかわいくて、ちょっと毒があって
(と思うのはわたしだけだろうか)ポップな作風が良い。
ハガキでしか見られなかった蛍の大作が見られて良かった。
偶然、ぬっくとゆはにも会えた。
その後、三越へゆく。
やっぱり日本橋三越は百貨店の鑑だと思う。
客は高齢化しているけど。
昭和のはじめ、今みたいに物があふれていない頃、
ここは六本木と新宿とTDLを足したくらいにキラキラしていたんだろう。
祖母は、若い頃、よくここまで弟を連れてパイプオルガンを聴き
そのあと甘味処であんみつを食べた、と言っていた。
その話を何度も聞かされているので、わたしのなかでも
日本橋の三越というのは、特別な百貨店なのだった。
建築も素晴らしい。屋上の誰も見上げないような天井のコーナーにも
ちゃんと意匠が施してある。1階の吹き抜けには、あのヒンドゥーの神様みたいな
巨大な(本当に巨大だ。)置物が鎮座していて、
今は、ビル4階分の高さがありそうなクリスマスツリーが飾られている。
今日は、チェロのレッスンに行く前に日本橋に寄った。
八重洲というのは意外と日本橋から近くて、
地下鉄の出口を選べば、徒歩数分で東京駅前八重洲口までたどり着ける。
なので、最近は日本橋のCOREDOの地下で軽く食事をし、
ちょっと店をひやかしてからレッスンに行くことにしている。
輸入物の雑貨や香水なんかが充実していて楽しい。(いつもがらがらだけど)
今日は自分へのクリスマスプレゼントに
黒猫のスノウボールを買った。
こういうファンシーな置物など滅多に買わないのだが
なんか、そういう気分なのだ。
そういや、あたしはスノウボールというカクテルが好きだった。
特に、恵比寿の「上海」のが。
今思い出した。

Italia:Roma 7


ランチのあとは、町をぶらぶらと歩きつつパンテオンへ。
なんだかあまりイメージがわかなかったのだが
実際に見ると「完全な遺構」であり、「世界最大の石造建築」というのは凄い。
1900年もこのまま建ってるのかあ。
ラファエロの墓やらヴィットリオ・エマヌエーレの墓やら
有名人の墓が一同に会しているらしい。
ラファエロは「ここに埋葬して」つって37歳で死んだらしいが
どんだけ大物なんだ。
忌の際に「大山古墳に埋葬してください」って言うようなものでは。(スケールとしては。
せっかくここまできたのだから、と、ローマ屈指の広場である
ナヴォーナ広場に来てみたものの、有名なネプチューンの噴水、
四大河の噴水、ムーア人の噴水は修復中なのか養生されていた。
こんなふうに、ローマは(あたりまえだけど)必ずどこか修復中だ。
この広場に入る道すがら、民族衣装を着た人々の行列とすれちがった。
女性も男性も歌をうたいながら歩いているのだが、
小節の終わりに音程が「ひゅいっ」と上がるのは
ブルガリアの民謡を思わせた。
貧しかったり紛争をしていたりする地域のデモなのだろうか、
それとも、もっと喜ばしい行列なのだろうか、
ちょっと暗い印象を受けたけれど。
おそろしく天気のよいなか、テヴェレ川に沿って歩き
昨日入れなかったサンタンジェロ城に入ることにする。
天使たちが並ぶサンタンジェロ橋は華やかで
一体一体すべて撮った。
どの角度から見ても美しいのだから、彫刻とはすごいものだ。

城内の異質な翼の天使。
これは石の翼を内側から支えるパーツなのか
はじめからこの鋼の翼が生えているのか、謎。
でもなんかかっこいいよ。

城の頂上に立つ、剣を鞘におさめる大天使ミカエル。
ときの法王に疫病の終息を告げたことに由来するらしい。
よくみると、超ローウェストの服(?)を着ている。

城の内部は、牢獄の部分やら、壮麗な壁画が書かれている部分やら
2世紀のはじめに作られて以来、とにかくいろいろな用途に使われすぎていて、
ちぐはぐな印象を受ける。モンサンミシェルもこんなかんじなんだろう。
日本は城が寺になったり、寺が牢獄になったりしないもの・・・

螺旋階段におちる黄金のやわらかな光。
一番よかったのは展望テラスのバー。
ローマが一望できる。回廊にそって、葡萄棚がつくる日陰があり
昼からシャンパンなどを飲んだら素敵だと思う。これはいつかの野望。
地下鉄の駅までかなり長いこと歩いて、ホテルにあずけていた荷物を受け取る。
またしても、ランチで会ったカップルとフロントでばったり。
彼女たちはピサのほうに行くらしい。
「bon voyage!」と声をかけあってお別れ。

science museum 1

暑かった…

同僚4人で科学博物館へゆく。
その後の展開が読めなかったので、自転車ではなく
歩いていったのが失敗だった。炎天下の中死にかけた。
コンビニでサラダとおにぎりを買って、
まずは科学博物館のラウンジでランチ。
ちょっと汗がひく。
国立科学博物館は、日本でいちばん好きな博物館なのだが
行くたびに新しい「気づき」があって、飽きない。
去年の秋にオープンした日本館の建築は素晴らしいし
骨のフォルムの美しさとか、鉱石の冷たさとか
精巧すぎる蝋人形とか、100年前の機械仕掛けとか
どこかシュールなかんじが好い。
一緒に行く人によって、ツッコミを入れる場所が違うのも楽しい。
今日も霧箱にべったりとはりついて
宇宙線を見た。
今回は気合を入れてSIGMAの50mmで写真を撮ったので、のちほどUPしまする。
とりあえず、不忍池のほとりで昼寝をしていた猫。

impressions

■ 捨てる
CDが200枚くらい収納されてたチェストを粗大ごみに出す。
たいしたこだわりもなく買った安い家具で、自分で組み立てたら
観音開きの扉がうまく閉まらなくて、5年ほどずれたままという
なんとも情けないチェストだったので、なくなってすっきりする。
しかしベッドの脇に何もないのは不便。
今までこのチェストの上には
目覚まし時計、香油、照明、ボディミルク、眼鏡
読みさしの本、蝶の標本、植物なんかを置いていた。
なにかで読んだのだが(Elle Decoだったかな)
女子の部屋には「祭壇」が必要なんだそうだ。
■ 健康診断
千駄ヶ谷にある某婦人科系で有名なクリニックでドックに入る。
問診~身長体重~眼圧検査~視力検査~聴力検査~採血
~X線~腹部エコー~胸部エコー~乳ガン検査~
子宮がん検査~ドックと、次々と検査室をめぐっていく。
これはまるでディズニーランドのようだ。
お医者さんも看護婦さんも、すごく人あたりがよくニコニコしているのだが
目が笑ってないのがちと怖い。
人生初バリウムだったが、思ったよりつらくなかった。
もっと1リットルくらい飲まされるのかと思ってたよ。
子宮がん検診は、女性の医師か院長(男性)かセレクトでき
終始カーテンの向こうで検査と説明が行われ
結局最後まで院長のご尊顔を拝することができず
どんだけやんごとないんだよ!と思った。
まあ触診もあるので、男性の医師はいやだという女子もいるようで
そういった配慮もあるのだろうが、そこまで隠れなくても・・・
■ 飲み
健康診断が終わってタガがはずれる。
退職した同僚を囲んで霞ヶ関で女子飲み。
霞ヶ関もちょっとは再開発されてきて、霞ヶ関ビルの隣にできた
カスミ・ダイニングという飲食ビルは、なかなか使い勝手が良いと思う。
ちなみに霞ヶ関ビルというのが日本初の高層建築だということを知ったのは最近だ。
あたしが生まれた頃にはすでに新宿に高層ビル街があったので、
高層ビルというのは、ある一定の高さから
徐々に高くなっていったものかと思っていたのだが
なんにでも初の、というのはあるものなのだな。
その後、麻布草ふえさんで朝まで飲み。
前日4時間くらいしか寝てなかったからか、
さして飲んだつもりもないのだが、さすがに倒れる。
17時間くらいぶっ通しで寝た。
ひどすぎる。

Turkey : Kadikoy – Istanbul

カドキョイは、ほんとに地元の人のための町で
駅前はごちゃごちゃしていて、もっさりした雑貨屋や電気屋が並び
それでも人はたくさんいて、なんとなく「錦糸町」ってかんじ。
おばさんたちが駅前で「ビルミルヨン、ビルミルヨン」と言いながら薔薇の花を売っている。
「ビルミルヨン、ビルミルヨン」というのは「100万」という意味だが
デノミが施行されても、まだ100万という呼び方は残っているようだ。
(今は100万が1になってしまった)
トラムヴァイに沿って埃っぽい大通りを北に歩いていくと、
軌道敷の両脇が遊歩道になっているちょっとおしゃれなエリアになる。
(とはいえ原宿の竹下通りみたいな垢抜けないかんじ)
現地の女の子に人気がありそうな雑貨屋で、凝った手刺繍の
かわいいストールを購入。しぶい色のも良かったが
珍しくオレンジとピンクという明るい色を選んだ。
特に面白い店もないので、お茶を飲んで、引き返す途中で
ふと、いいあんばいの路地を見つける。(こういうのには鼻が利く)
入って見ると、骨董屋が軒を連ねている。ビンゴ!
町歩きの鉄則は「来た道を戻らない」だな。
b様はガラクタの香水瓶などを購入。

オスマン時代の建築が残る骨董屋通りを抜けると
アメ横のような喧騒。八百屋や魚屋が、帰宅時間に合わせて
盛大に呼び込みをしている。
日本語の「らっしゃいらっしゃい」というのは「ブユルンブユルン」って言うんだが
なんかコワモテのおじさんたちがブルルン言っててかわいいよ。

ここの魚屋が飼ってる(らしい)ガチョウに遭遇。
なにもこんな道のまんなかで・・・
ちなみに日本に帰ってきてから、彼の名前が「ロディ」であったことを知る。

活気のあるカドキョイの町を堪能。このへんはまだ
ガイドブックでもあまり紹介されていないので、地図もないのだが
メインストリートの東側の路地が面白いのでオススメ。
帰りの連絡船も、デッキで頑張った。
ヨーロッパ側は、トプカプ宮殿やジャーミがライトアップされていて綺麗だ。

すっかりホテルの近所の道も覚えたころに帰らねばならないのが辛いが
エジプシャンバザールで最後の買い物。悔いのないよう
とりあえず欲しいかも、と思ったものは全て買った。(つっても安いんだけど。)
アラベスクのベッドカヴァー、三日月柄のクッションカヴァー、
アダチャイ(セージのお茶)、お土産のお菓子などなど。
何度も世話になった土産屋のお兄ちゃんとは、東京で会う約束をして別れた。
最後の夜は、お気に入りのレストラン「サヌルチュ」でディナー。
ガイドブックに乗っているような有名店だが、地下貯水池(地下宮殿)の一部を
階層してレストランにしていて、蝋燭と暖炉の光がなんとも黒魔術っぽい
妖しげな雰囲気で素晴らしい。今日はピアノの生演奏が入っていた。
(意外とスタンダードなナンバーだったのが残念だが。)
アナトリア風のケバブ盛り合わせをオーダー。
カッパドキア産の赤葡萄酒が美味しい。

やっぱりトルコは人が良いなあ。あと食べ物が素晴らしいねえ。
町に活気があるのも良い。
次来るときは、アジア側をもっとゆっくり歩こう、とか
黒海のほうにも行こう、とか話しつつ。とてもよい晩餐だった。
今回も、なにひとついやな思いをせず無事終了したことに感謝。
イスタンブルには、どうせまた来ちゃうだろうから
そんなに淋しくない。
というわけで、今回のトルコ旅行記はこれにて終了。
最後まで読んでくださって、ありがとうございました。