2007 Sicilia

Italia:Venezia 4

トラゲットというのは本来、エンジンもついていない渡し舟のことだが
トロチェッロとブラーノを結ぶ定期船もトラゲットと呼ばれている。
ブラーノに着いてすぐに目にはいるのは赤や青の原色の家々。
どこまでいっても、カラフルな町並みが続いて楽しい。
街は路地がくねくねと続いていて、運河沿いにはボートがつながれている。
本当に、おもちゃの町みたい。



途中、おなかがすいたので、目抜き通りのどんつきの教会の近くの
スポーツ・バーに入った。どうやら店主がサッカーの大ファンらしく
選手と撮った記念写真が壁に貼ってあってほほえましい。
まあ、そんな店構えだったので期待していなかったのだが
からすみのパスタもイカスミのパスタも、特盛りで
大変おいしゅうございました。
ここにはずいぶん野良猫がいて、色とりどりの壁を背に
絵になっていた。
イタリアの猫写真はほとんどここで撮ったものだ。
船でベネツィアに戻り、西側の繁華街を歩く。
港の見える遊歩道にはレストランが軒を並べていて、
リアルト近くよりも落ち着いたかんじ。
それからちょっと遠回りして、ヴァポレットでフェローヴィアまで。
夕日を背にしたローマ橋が印象的。


夜は、「アル・プロセッコ」というプロセッコ専門店へ。
プロセッコはヴェネト特産のスパークリングワインで、とにかくお手ごろで美味しいので
ベネツィアではこればかり飲んでいた。
このお店も、珍しいプロセッコを安価で提供していて
おつまみも美味しい店であったが、外の席が寒く長居できなかったのが残念。
サン・ジャコモ広場では教会の鐘が響き渡って、幻想的な夜であった。

最後のディナーは、路地にちいさな看板を出していたレストラン。
予約していなかったが、なんとか入れた。
出てきた料理はどれも美味しくて、なにしろ
お店のおにいちゃんが元気で、カトラリーもがしゃがしゃ音を立てて
サーブするんだけど(まるで中華料理屋のよう・・・)
それが全然いやみじゃなくて楽しい店だった。
手書きのメニューが読めなくて「読めないから、おすすめ教えてー」とお願いしたら
すんごいイタリア訛りの英語で
「これはエビのフリットでー、これはスズキ・・・これはなんだっけな、忘れちゃったけど!
まあみんな美味しいよ!」
みたいな。超いいかげんであったが。
魚介のフリットや、タリアテッレを食べて大満足。
最後の夜はお店にも恵まれて本当にいい思い出になった。
こういう忘れられない記憶が残るから、旅は止められないのだ。
これにて、2008年のイタリア旅行記は終了です。
最後まで読んでくださってありがとう。

Italia:Venezia 3

両親から「ブラーノ島が面白い」という話を聞いたので
行ってみることにする。
もともと、I氏がブラーノ島に近いトルチェッロ島に行ってみたいといっていたのだが
片道40分もかかるというので、どうしようか悩んでいたところなのだった。
前日にヴェネツィアの町を歩きたおしたので、じゃあ今日は
海路をいこうではないか、ということで、ブラーノ行の船が出る
「FONDAMENTA NUOVO」へ向かう。
(ヴァポレットを乗り継ぐと遠回りなので、歩いていくことにした)

途中で出会った猫。
首にはPACO書いてある。かわいい名前だ。
ヴェネツィアには猫がたくさんいるらしい、という噂を聞くが
みんな飼い猫で部屋で飼われているので
町で猫を見ることはほとんどない。
トルコやギリシャにはほんとにたくさんいるのに不思議なことだ。
(と思っていたら、イタリアには生類憐みの令なみの
厳しい法律があるらしいのを思い出した。)
FONDAMENTA NUOVOから海を臨む。
むこうにアルプス?が見える。

船で40分ほどでブラーノ島に到着。
そこからトラゲットと呼ばれるわたし舟(といってもエンジン付きだが)で
となりのトルチェッロへ向かう。所要時間5分ほど。
トルチェッロはヴェネツィア発祥の地で7世紀ごろには
ずいぶん人がいたらしいが、今すんでいるのは十数人らしい。
だが、ヴェネツィアでも屈指の高級レストランもある
ひなびた観光地というかんじ。
船着場から、ぞろぞろと運河沿いの道を歩く。
途中、白鳥なんかもいてなんとも長閑。
サンタ・マリア・アッスンタ教会はヴェネツィアで最古の教会といわれる。
床から天井までびっしり描かれたモザイク画がすごい。
となりにあるサンタ・フォスカ教会は11世紀のもので
後期ビザンチン様式とヴェネツィア風ロマネスク様式の
まざったものらしいが、となりに7世紀の教会があると
11世紀のものでもなんとなく新しく見えるから不思議なものだ。
こちらはまだまだ現役というかんじで、昼の礼拝の支度をしていた。


教会の敷地のまわりには個人の葡萄畑や小さな湖もあり
本当にのんびりしている。
教会に隣接する小さな博物館を見て、ブラーノ島に向かった。

Italia:Venezia 2

サンマルコ寺院に入ってみる。
ビザンチン様式だろうか、円形のドームの内側は
びっしりと黄金のモザイクで埋め尽くされていて
それはそれは圧巻であった。
わたしの好きな中世のイコン。
ステンドグラスから床へ、光のすじが降り注いでいて、
本当に夢のように美しい瞬間があったのだが
残念ながら撮影禁止なのであった。
(しかし、「撮れなかった風景」は、ずっと忘れないものだ。)
テラスに出て広場を望む。
海のほうを見ると、きらきらした海を背景に
翼の生えたライオンの像が見える。
このRPGに出てきそうなキャラ(←キャラじゃない。)がヴェネツィアの守護神で
だからヴェネツィア映画祭の大賞は「金獅子賞」っていうのだな。

広場に下りて、カフェ・フローリアンへ。
ここは世界最古のカフェと言われていて、1720年くらいから営業しているらしい。
かつての文豪や作曲家たちも座ったかもしれないビロードのソファで
ショコラなんか飲んでしまってそれはそれは優雅なのだが
値段もしっかりディナー並なのであった。

このあとは、大運河と並行して路地をくねくねと歩く。
フェニーチェ劇場の近くでは「LA FENICE」という素敵な文房具屋さんを見つけた。
硝子ペンや、銀の細かな意匠のペーパーナイフ、ルーペ
インク壷・・・ああこんなの部屋にあったら素敵だろうなあと妄想を膨らませたものの
実際あたしのあの部屋にはちょっとヘヴィすぎる、と思い直して
ペーパーナイフとルーペのセットを買った。
I氏はずっしりとしたペンを買っていた。
友人たちには硝子ペンとインクのセットをお土産に。
マダムが親切で、「いろいろあるのよ」つって、奥から在庫を出してきてくれた。
ペンの色とインクの色も組み合わせ自由らしい。
すっかりリラックスして、店の中の写真も撮らせてもらった。
洋紙や、革張りのノート、万力のような道具がみっしり置いてあって素敵。
しかし、あまりに迷路の奥すぎて2度とたどり着ける自信がない・・・

途中、ヴェネツィアで一番有名な橋・リアルト橋をわたる。
橋の両側には店が軒を連ねていて、売っているのも
仮面や唐辛子や、あやしげなお土産ばっかりで浅草の仲見世どおりみたいだ。
あまりの人ごみに疲れてしまって、わき道に非難すると
ものすごく静かな広場に出た。
カフェが椅子を出していたので、ここで昼食でも、と思ったが
ふと横を見ると、いい雰囲気のバーカロがあるではないか。
メニューも手書きでよく読めないのだが、ショウウインドウに
チケッティが並んでいて美味しそう!
(チケッティは一口サイズのおつまみのこと。サンドイッチとか揚げ物とか。)
こういうときは難易度の高いほうへ行く!と意気込んで
バーカロ「AL MARCA」でワインと生ハムサンド、ツナサンド、コロッケを頼む。
ワインもすごく美味しくて、とてもよい店に出会えたことを喜んだ。

ふたたび、迷路をくねくねと歩いていく。
建物と建物が支えあうようにして、なんとか建っているといった風情だ。
壁も朽ちて、街灯も古いままなのだが、それがなんとも雰囲気があってよい。
たまに、宗教画が壁に描かれていたり、マリア様のモザイクに
百合の花が飾られていたりもする。


でも実際は住みにくくて、みんな新市街のほうに移住していくのだろうが
どうか沈まないでほしい。(切実)
ふと気づくと、もうホテルのすぐそばまで歩いてきてしまっていた。
往路は水上バスで40分もかかったというのに
歩くと意外と狭い島なのだ。
ホテルをちょっとすぎたところ、ローマ広場のすぐ近くにcoopがあったのを思い出して
買出しに行く。
ビールを買って、部屋でひとやすみ。
無意味に美しくビールを注ぐ人。

夜は、ボローニャ~ラベンナと周ってヴェネツィア入りしていた両親と
サンマルコ広場で待ち合わせて食事。
お互いの旅を報告したり、ヴェネツィアの見所を教えてもらったりした。
ふたりのホテルは4つ星だけあって、部屋はわてらの3倍くらいあった・・・
レストランをどこにしようかと考えあぐねていると
b様がいつの間にかフロントに行って「おすすめある!?」と聞いていた。
「目の前のレストランだったら、これを持っていくと15%OFFになります」と言って
メモを書いてくれた。
「言ってみるものね!」と大満足のb様であった。
つえー、b様。
業務提携先wのレストラン「Angelo」はサービスもよくて美味しくて
デザートまでしっかり食べた。
「そんじゃーまたー」なんつって、あっさり別れて
帰りは腹ごなしに少し歩いて、適当なところで水上バスに乗ってホテルに帰った。
世界はせまくなっているのだなあ、と思う。

Italia:Venezia 1

イタリア5日目。
朝 ホテルで朝食。
みわたすかぎり、おじさんおばさんばっかりだ。
若い人は来ないのかね、ヴェネツィア・・・
まずはヴェネツィア本島の説明をすると、「?」マークを左にたおしたような形をしていて
鉄道のサンタルチア駅は左上あたりにある。
島の中央をカナル・グランデ(大運河)と呼ばれる大きな川が
逆S字に流れていて、これが目抜き通りというかんじ。
もちろん車が入れないので、移動はすべて徒歩か船。
自転車も禁止されているらしい。
対岸に渡るときはトラゲットという小船に小銭をわたして乗るらしいが
乗っている人は見なかった。
まずは観光パスを買うためにローマ広場へ。
ここが車が入れる最後の広場で、観光バスやタクシーがひしめいている。
サンタルチア駅のすぐ南側にある。
観光パスは60ユーロ以上と、意外と高い。
ローマ広場の売り場ではクレジットカードが使えないというので
サンタルチア駅で買うことにした。
サンタルチア駅のツーリストインフォメーションは意外なほど小さい。
っていうか、これタバコ売り場ですか?っていうくらい小さい。
観光パスは、乗り物のみ(オレンジ)と乗り物+博物館(ブルー)の2種類あるので
とりあえず後者を購入。
駅のわきにあるバロック様式の教会を見て、カフェでカプチーノを飲んで出発。
水上バスは「ヴァポレット」という。
作家・須賀敦子曰く「ぽんぽん蒸気船」という意味らしいが
もちろん蒸気で動いているわけではない。
都電荒川線をいまだに「ちんちん電車」って言うようなもん?(もう言わない??)
まずは1番線各駅停車で、カナルグランデ(大運河)をサンマルコ広場方面へ。
河岸から桟橋の待合室に入るのだが、これがなんとも不安定で
大きな船が通るたびにゆらゆらと揺れる。
船に乗り込んで、大運河をゆくのだが、ここもなんだか混沌としていて
水上タクシー、水上バス、運送船、ゴンドラ(!)なんかが
無秩序に走っているようにみえる。
I氏曰く、「避ける方向は決まっている」らしいが、ゴンドラなんて
運河の真ん中でUターンしてるんですけど・・・・
およそ40分かけてサンマルコ広場へ。
有名な「ためいきの橋」は養生中で
なんだかおもしろいことになっていた。
名所のひとつなのに、残念・・・

サンマルコ広場。
鐘楼が堂々とそびえている。
塩野七生の「緋色のヴェネツィア」で最初のシーンで出てくるやつだ。

時計塔と飛び立つ鳩。
金獅子と、12星座の時計がかっこいい。

Italia:Roma-Venezia

まだまだ行けてないところがたくさんあるなあ、と惜しみつつ
Termini駅へ。
テルミニ(ターミナル)というだけあって、
線路のうえに駅があるのではなく、
駅から線路がのびているかんじ。
線路のどんつきには、ものものしい緩衝の器具がつけられている。
プラットフォームも低くて、列車には急な階段を3段くらいのぼって
乗り込まねばならず、大荷物の旅行者たちはみんな難儀する。
大きな電光掲示板に何番線から発車するのか表示されるのだが
これ、でるのがびっくりするほど遅い。
発車15分前にようやく出るといった有様で、祈るように
掲示板を凝視していた旅行客は、わらわらとホームに急ぐのだった。
わたしたちが乗るのは泣く子も黙るEurostar。
30分以上遅れると割引券がもらえるという噂だが
手続きがめんどくさいうえ、送られてくるのは半年後らしい。
そして遅れて出発してもなぜか定刻通りに着くという
摩訶不思議な新幹線だ。(それはスペインだけの話かも。)
電光掲示板にはEurostarのとなりにALTAVELOCITAと書かれているので
なんだろうと思って、となりのおっさんに聞いてみたところ
「ummmmmm・・・・・・”speed”!?」という微妙な答えだった。
まあ、とりあえずあんまり意味ないらしい。
(あとで調べたら、最新型の車両の名前だそうで。「のぞみ」みたいなもんか)
全席指定なので指定された席にいくと、ボックスシートになっていて
おばちゃんがふたり並んで座っていた。
ほんとは、むかいあわせのはずなんだけどまあいいか、と思いつつ
発車すると、進行方向と逆向きなのが気に障ったのか
おばちゃんたちは空いている席に移った。
ローマからフィレンツェまでは1時間くらい。
意外と近い。これならたしかに日帰りでも行けそうだ。
(東京~日光ってかんじかな)
地図じゃあ、こういう距離感ってわからないものだなあ。
びっくりなのはフィレンツェで15分近く停車して時間調整し、
そんでいきなり進行方向と逆向きに走り始めたこと!
スイッチバックかよ!
ローマを発ったばかりは進行方向でよかったよかったと思ってたけど
以降、ずっと後ろ向きだった・・・・(涙

旅行中マイブームだったお菓子「HappyHippo」。
かたちもさることながら、名前がかわいい。
ハッピーヒッポ。
歯が痛くなるほど甘いが、意外と美味しい。
これをスーパーでみつけて、かつ買ったI氏の前向きさが好きだ。
終点、ヴェネツェイアのサンタルチア駅までは4時間ちょっと。
着いたころにはもう9時ごろで、外はまっくらだった。
駅を出ると、いきなり目の前は運河。
びよーんと、大きな太鼓橋がかかっている。
対岸にはバロック様式の教会。
にせものの鞄を売っているアラブ系の人々。
そして旅行者がいっぱい。
車はもちろんヴェネツィア本島の入り口のローマ広場までしか入ってこれないので
視界には入ってこない。
かわりにモーターボートがトコトコと運河を走っていく。
これは今まで見たことない世界。
しかし、あえていうなら
デ ィ ズ ニ ー シ ー に そ っ く り で す 。
「いやそんなもんじゃなくてもっと奥深いのだ」とおっしゃる方もいるかと思うが
須賀敦子も書いてるが、この舞台装置っぽいかんじ
夜は暗くて、水面にうつった街灯の光がゆらめいていて
ほんとうに浮世離れしているのだ。

目の前の運河をわたり、人ひとりやっと通れるくらいの
冗談みたいな細い路地を抜けて、角をまがったところにホテルはあった。
ローマのような古いホテルを想像していたのだが
ずいぶんと明るく綺麗なシティホテルだった。
部屋もモダンで、ローマとは対照的。
それでもホテルを一歩出ると、うすぐらく、
迷路のような路地が広がっている予感がする。

荷物を置いて、駅の東側をぶらぶらする。
もう10時を過ぎると店がどんどん閉まってしまうので
遅くまであいている中国系の人がやっているダイナーで
海鮮のフリットとパスタを食べた。
観光地の定食屋という雰囲気だったので期待してなかったが
フリットも揚げたてで美味しかった。

お腹もくちくなって、ほろよいかげんでホテルに戻ろうとしたら
さっきの冗談みたいな細い路地が封鎖されている!!
地図も持ってないし、このまま果てしない迷路をさまようのか!?
・・・と思ったが、i氏の帰巣本能が正常に働いたようで
なんとかぐるりと回り道をして、意外とあっさり帰り着くことができたのであった。
スリリングヴェネツィア。

Italia:Roma 7


ランチのあとは、町をぶらぶらと歩きつつパンテオンへ。
なんだかあまりイメージがわかなかったのだが
実際に見ると「完全な遺構」であり、「世界最大の石造建築」というのは凄い。
1900年もこのまま建ってるのかあ。
ラファエロの墓やらヴィットリオ・エマヌエーレの墓やら
有名人の墓が一同に会しているらしい。
ラファエロは「ここに埋葬して」つって37歳で死んだらしいが
どんだけ大物なんだ。
忌の際に「大山古墳に埋葬してください」って言うようなものでは。(スケールとしては。
せっかくここまできたのだから、と、ローマ屈指の広場である
ナヴォーナ広場に来てみたものの、有名なネプチューンの噴水、
四大河の噴水、ムーア人の噴水は修復中なのか養生されていた。
こんなふうに、ローマは(あたりまえだけど)必ずどこか修復中だ。
この広場に入る道すがら、民族衣装を着た人々の行列とすれちがった。
女性も男性も歌をうたいながら歩いているのだが、
小節の終わりに音程が「ひゅいっ」と上がるのは
ブルガリアの民謡を思わせた。
貧しかったり紛争をしていたりする地域のデモなのだろうか、
それとも、もっと喜ばしい行列なのだろうか、
ちょっと暗い印象を受けたけれど。
おそろしく天気のよいなか、テヴェレ川に沿って歩き
昨日入れなかったサンタンジェロ城に入ることにする。
天使たちが並ぶサンタンジェロ橋は華やかで
一体一体すべて撮った。
どの角度から見ても美しいのだから、彫刻とはすごいものだ。

城内の異質な翼の天使。
これは石の翼を内側から支えるパーツなのか
はじめからこの鋼の翼が生えているのか、謎。
でもなんかかっこいいよ。

城の頂上に立つ、剣を鞘におさめる大天使ミカエル。
ときの法王に疫病の終息を告げたことに由来するらしい。
よくみると、超ローウェストの服(?)を着ている。

城の内部は、牢獄の部分やら、壮麗な壁画が書かれている部分やら
2世紀のはじめに作られて以来、とにかくいろいろな用途に使われすぎていて、
ちぐはぐな印象を受ける。モンサンミシェルもこんなかんじなんだろう。
日本は城が寺になったり、寺が牢獄になったりしないもの・・・

螺旋階段におちる黄金のやわらかな光。
一番よかったのは展望テラスのバー。
ローマが一望できる。回廊にそって、葡萄棚がつくる日陰があり
昼からシャンパンなどを飲んだら素敵だと思う。これはいつかの野望。
地下鉄の駅までかなり長いこと歩いて、ホテルにあずけていた荷物を受け取る。
またしても、ランチで会ったカップルとフロントでばったり。
彼女たちはピサのほうに行くらしい。
「bon voyage!」と声をかけあってお別れ。

Italia:Roma 6

ローマ3日目。

ホテルのちかくのサンタ・マリア・マッジョーレ大聖堂へ。
礼拝堂は先日見たので、美術館へ行こうとするも
受付で「5分後に来い」と言われる。
イタリア語で言われたのだが、なぜか5分後というのを理解した。
耳が慣れるっというのはこういう感覚が拡大していくんだろうな。
ここは「数日のうちに雪が降る場所に聖堂を建てよ」という
聖母のお告げにしたがって、夏に雪が降ったこの地に建てられたそうで、
8月5日のミサには、礼拝堂の天井から白い花びらがまかれて
「真夏の雪」が再現されるのだとか。
美しすぎて失神しそうだ。

ミュージアムショップでは法王プロマイドとか
法王カレンダーとかが売られている。
コアラと一緒に微笑む法王・・・
どこに飾ったらいいのか。
美術館は教会の地下に意外なほどの広さで展開していて
ところどころ、鍵のかかった秘密の通路への扉があって怖い。
なかには金銀財宝と聖職者たちの法衣や聖遺物などが
飾られている。

大聖堂をあとにして、アルジェンティーナ広場へ。
今回はまたたび持参で!
しばし猫と遊んでもらったあと、
歩いてカンポ・デ・フィオーリ広場へ。
ここは毎日市場が立っていて、野菜、乾物、花、お土産品などが売られている。
実演販売の野菜を切る道具をI氏が本気で買おうか悩んでいたので
とりあえず止めておいた。

トマトも数種類あって、綺麗。
野菜が特に、ものめずらしくて楽しい。

広場に面したカフェでお昼を食べていると、前に座ったカップルが
「イタリア、楽しんでいますか?」と、英語で声をかけてきた。
「もちろんです。とてもすばらしいです。特にヴァチカンは印象的でした。」という
模範的は答えしかできないのがもどかしいが
なんで唐突に声をかけられたのだろうと不思議に思っていると
「実はあなた方と同じホテルなのです。朝食のときに見かけました。
あなたたちは気づいてなかったかもしれないけれど。」
ですと。
スペイン広場でも、トレビの泉でもない
こんなマイナーな市場で
あんなに小さなホテルで一緒に泊まっていた人と会うとは。
ここでも「出先でばったり」現象が!(←まったく役に立たないが、数少ない能力のひとつ。)

この日のランチは、わたしはサンドウィッチとサラダ(洗面器くらいの大きさ)。
I氏はカネロニ。

Italia:Roma 5

美味しいランチにすっかり満足して元気になったので
フォロ・ロマーノへ。
入り口がわかりづらく、一度坂をのぼってしまったら
突き当たりには地味が教会しかなく
フォロロマーノの敷地が塀を隔ててすぐそこにあるのに
最近有料化されたからか、出入り口があるのに施錠されていて
かなしくなったりした。
敷地内に入ると、とにかく広い。
そして常に上り坂だ・・・と思っていたら
「パラティーノの丘」と呼ばれる丘陵地帯なのだった。
共和制時代の住宅街の跡らしい。
泉の近くで、遺跡の踊場に上ってセクシーポーズをとる女の子。
どこの国でも女学生はお馬鹿でかわいいなあ。

そのまま植物園などを過ぎ、低いところに降りていくと
神殿や元老院、凱旋門などがあるフォロ・ロマーノに出る。
I氏とちがって古代史にはめっぽう弱いので
だんだん飽きてきて集中力が・・・
もはやありがたくもないかんじで転がっている
古代の円柱にこしかけてぐったり。
じっくり写真を撮れば、かっこいいのが撮れそうなのだが
なにしろどこかしら養生されているし、人が多い。

フォロ・ロマーノから北西にあがり
カンピドーリオの丘へ。
ここはミケランジェロ設計の広場らしい。
広場の両翼はカピトリーニ美術館で中にはお宝がどっさり飾られているのだが
もはやローマ時代の彫刻などはジャニーズの若手のアイドルを見てるような
「固体識別は諦めました。」というかんじになってきた。
印象深かったのは、庶民が告発文を貼るための
『ものを言う像』とよばれる巨大なマルフォーリオの像かな。
全体のバランスというか、基準を無視した大きさ、というところが
インパクト強い。

フォロ・ロマーノを一望できるテラスがある。
ここは人も少なくて穴場なのでおすすめ。
あ、一番印象に残ってたのは、カピトリーニの警備員さんに
日本人か?と尋ねられたので、「そうです」と答えると
「Il MANGA!!!」
と叫ばれたこと。
マンガという単語にも定冠詞をつけるんだーと、妙に感心。
ラムちゃんが好きらしい。
その後はバスに乗って、トレビの泉へ。
ここはライブ会場か?!という人の多さよ。
ちょっと離れたところにある路地のジェラート屋で
アイスを食べた。

ぱらぱらと雨が降り始めたが、せっかくここまで来たのだから、と
スペイン広場へ。
映画ローマの休日で有名な場所だが、最近は
この階段でのジェラートは禁止らしいです。
しかも雨なので階段もがらがらであった。
この周辺にはブランドショップが軒を連ねるものの
あいにくの雨とユーロ高のせいか、ノーゲストの店が多い。
がんばれPRADA、がんばれGUCCI。(買わないけど。)

町の肉屋では、おやじが猛然と肉を切っていた。
手前のチーズが美味しそう。
やはりブランドショップよりも、こういう光景を見たいと思う。
地下鉄Spanga駅からホテルに戻り
夜はちょっと奮発してレストランへ。
予約してないのだけど、と言うと
ちょっとウェイティングスペースで待ったものの
席を用意してくれた。
メニューを見ると
・パスタ数種類の味見
・メイン数種類の味見
・デザート数種類の味見
という、なんともおおざっぱなコース。
せっかくなのでおまかせで食べてみよう、ということになったのだが
いきなりパスタ4連荘!ひー!
そしてメインは肉が2皿出てきた!ひー!!
「次も肉か魚だったら敗北宣言をする」というI氏。
しかし次の皿は「焼きチーズ」。
微妙…
神妙な面持ちでチーズを平らげ、次の皿を待っていると
最後のデザートの盛り合わせが来て、
めでたく〆となったのだった。
太めのスパゲティをパルミジャーノと胡椒だけで味つけをした
シンプルなパスタが美味しかったなー。

Italia:Gatti


イタ猫UPしました。

http://3d-luna.com/voyage/itaneko/index.html

イタ猫っていうと、なんか痛い猫みたいですが
イタリア猫です。
ローマ猫はロマ猫で「お、語呂がいいじゃん」と思ったのですが
ヴェネチア猫はヴェネ猫???ヴェ猫???
ともかく語呂が悪いので、あわせてイタ猫にしました。
っていうかそんなことどうでもいい。
野良猫が少なくて苦労しましたが、
なんだかんだで結構撮ってた。

Italia:Roma 4

2日目 朝
■ コロッセオ
地下鉄A線でコロッセオまで。
昼の円形闘技場は夜のライトアップされたのとは
また違う表情。夜はまるで舞台装置みたいだったが
昼のほうが遺跡っぽさが際立つ。
遺跡の周辺にはローマ戦士のコスプレした人が
「1ユーロで一緒に写真とろう!」つってうろうろしていた。
日本人観光客にはふっかけるらしい。
そのコスプレのレベルで金をとろうなど片腹痛いぞ。
ROMA PASSを持っていると、入場の列に並ばなくてもよいので
すいすい入れていいかんじ。
ローマ観光する人には是非おすすめしたい。
中に入ると規模の大きさに驚く。
紀元72年から建設がはじめられたというから
かれこれ2000年近く建っていることになる。
2年前に訪れたチュニジアのエルジェムの闘技場がローマの次に大きいものらしいが
地下が掘り下げられていないぶんこぢんまりとした印象だった。
ローマのは立体的なかんじ。

■ 凱旋門~ドムス・アウレア~サンクレメンテ教会
コロッセオを出て、コンスタンティヌスの凱旋門をぐるりと回って
西側のフォロ・ロマーノへ行く前に東側を見ておくことに。
ネロ帝時代の黄金の宮殿「ドムスアウレア」に行くも
見学が予約制になっており見られず。しょんぼり。
ラビカーナ通りをはさんだサン・クレメンテ教会へ。
なぜか中庭では「I LOVE ROMA」(もちろんLOVEは赤いハートマーク)という
Tシャツを着た少女たちが肩を組んで記念写真を撮っていた。
どんなシチュエーションなんだそれは。

ほかの学生たちは思い思いの位置で写生をしている。
この教会は4世紀のローマ造幣局とミトラ教の神殿の上に
12世紀にキリスト教の会堂が建てられるというミックスぶり。
会堂のファサードだけは18世紀につけたされたらしいが
内部はほとんど12世紀のままで、(「地球の歩き方」参照)
きらびやかな後陣のモザイクが、ビザンチン様式で素晴らしい。

地下へ降りるには有料だったのだが、
「ミトラ教」がなんなのか興味があったので降りてみると
内部は鍾乳洞のように暗く、ひんやりしており
驚くほど広大な空間が広がっている。
ところどころ9~11世紀のキリスト教の壁画が残されている。
ルネッサンスにいささか辟易していたので
中世のこの「しりあがり寿」的なイコンに癒されるー。
無数の柱をぬうように進み、狭い通路を抜けて
ときには広いホールのような場所を通りながら
途中、ミトラ教(キリスト教以前の多神教)の神殿を見つける。
うすぐらくてよくわからないが、日本の庚申塚のような
ビリケン様のような・・・とにかく不思議な像が置かれていた。
途中、轟々と響く滝のような音は
内部には紀元前に敷設されたクロアーカ・マクシマと呼ばれる
大下水溝を今も流れる水の音らしい。
なんとも異空間であった。
歩き疲れて、ランチはコロッセオから程近い路地のカフェへ。
地元の人が多い。ならびの八百屋や花屋さんを見つつ
路上でビールとパニーニ。

voyage Italia 2008


ギャラリーにイタリア写真UPしました。

http://3d-luna.com/voyage/italia2008/index.html

今回は全編デジカメ。
やっぱり、無限に撃てるというのは気が楽なのか
いつもよりもリラックスしているような気がする。
古代からルネッサンスまで気合の入った観光地に行ったのに
撮っているのは狭い路地や古ぼけた壁、はがれかけのモザイクタイルばかりだった。

Italia:Roma 3

夕刻。
■ トッレ・アルジェンティーナ広場
トレステヴェレから大通りを歩いて、ふと路面電車の行き先をみると
「P.za ARGENTINA」と書いてある。
なんだかアルゼンチンを思わせる名前に
「アルゼンチンの語源ってイタリア語なのかね」と話していると
I氏は「もしやそこは猫の溜まり場かも・・・」と不思議な発言を。
なんでそんなガイドブックにも載っていないようなことを知ってるのだろうと思っていると
ローマ在住の人のブログに書いてあったのだという。
それは行かねば!ということで、路面電車に乗って終点まで。
(といっても、一駅かそこらだったような気がする。)
路面電車を降りると、真四角のプールにきちんとおさまっているようなかっこうで
遺跡が広がっている。
もちろん埋まっていたものを掘り出したので
高さ3,4メートルのところから見下ろすのだが
よく見ると、遺跡の壁やら、柱の影やら、階段に猫がたくさんいる。
「今日はアレを持ってきていない・・・」とI氏は嘆いていた。
アレとは、猫への最終兵器・マタタビ。
猫を骨抜きにする魔法の実だ。
(今日は、ということはイタリアには持ってきていたのか!)
階段にいる子と遊んでもらって、また出直すことに。
ローマでは、車が多いからか、まったく野良猫をみかけないのだけど
ここでネコポイントを補充したので満足した。

■ オッタヴィアの列柱とマルケルス劇場
アルジェンティーナ広場から南下しつつ
町をふらふら歩いていると、やはり古代の列柱が見えてきた。
発掘途中のような中を進んでいくと、いつのまにか
右手に大きな円形劇場が見えてきた。
なんだなんだ、と言っているうちにシナゴーグが見えてきて
ユダヤ人街に入った。
カルツォーフォ(アンティチョーク)が食べてみたい、ということで
伝統的なユダヤ料理の店へ。
前菜にカルツォーフォの素揚げ?とファラフェル(豆コロッケ)を頼んでみる。
かさかさした外皮?を避けて、なかの柔らかい、白い部分を食べる。
なんか、精進料理のような味の薄さだ。
ファラフェルは手作りコロッケみたいで素朴な味。
ちょうど、ユダヤ人の人の団体さんのパーティーが入っていて
その人たちの会話を想像するのが面白かった。
ユダヤ人街は、さすがヘブライ語の看板もちらほら。
種なしのパンを売るお店もあるし
ファーストフード店では「シャバト(安息日)キット」を売っていた。
お手軽・・・!!!
しかし安息日には労働しないことになってるらしいが
このシャバトキットを売っている人はどうなんだろうか。
当日には売らないのだろうか。
謎だ。

■ ヴィットリオ・エマヌエーレI世記念堂~フォロ・ローマノ~コロッセオ 
帰りはフォーリ・インペリアーリ通りを歩く。
ムッソリーニだか誰かが、遺跡のまんなかをぶちぬいて
まっすぐ造った目抜き通りらしい。
この通りの東端であるヴィットリオ・エマヌエーレII世記念堂は
イタリアを統一した人・初代国王のモニュメントだけあって
なんというか、こう、「そこまでやるか」という迫力なのだが
近年建てられたものだけあって「 入 れ 歯 」とか言われているらしい。
入れ歯はないわー。

西へ進むと、左右にはフォロ・ロマーノと呼ばれる
古代遺跡が広がっている。
フォロ・ロマーノという名前を聞いて、勝手に
ちょっと郊外にあるのかと思っていたのだが
東京で言ったら大手町に吉野ヶ里遺跡があるようなかんじで、異様だ。
ほんとうにローマは野外博物館みたいな都市だ。
ライトアップしているかと思いきや、意外と暗い。
夏の間だけなのかな?
そして最後はコロッセオ。
これはさすが、というライトアップ。
「おおこれがかのゆうめいな」というかんじで見上げ、満足し、
地下鉄に乗って帰った。
(こんな巨大遺跡の目の前に地下鉄の駅がある。その名も「Colosseo」駅。)

Italia:Roma 2

サン・ピエトロ広場から城壁を超え、
ほそい路地の両側にリストランテが軒を連ねる通りへ。
いちばん奥のほうにあるお店が評判がよさそうだったので
路上の席に座る。
道行く人をながめつつ、白ワインにルッコラとパルミジャーノだけのシンプルなピザ。
ウマー!
■ サンタンジェロ城
テヴェレ川に沿って少し歩くと、丸い、煉瓦の中世の建物が見えてくる。
上から見ると、星のかたちの真ん中に、ケーキが乗っているような
そんなファンシーなかたちではあるものの
過去には墓であったり、要塞であったり、牢獄であったりした
サンタンジェロ城だ。

残念ながら月曜定休日ということで、とりあえず外側からぱちり。
テヴェレ川をながめて過ごす。
テヴェレ川は、ローマの南北にくねくねと流れる川で
街の間を流れるかんじと、川幅が京都の鴨川に似ていると思う。
パナマ帽のおにいさんも、堤防で昼寝。

■ ローマ大学付属植物園
川に沿ってしばらく歩き、学生街に入る。
カジュアルなかんじのカフェや店がちらほら出てくると
入り組んだ路地の突き当たりにローマ大学付属植物園 Orto Botanicoの門がある。
有料ということで空いているスポットらしく
まさしく中はがらんとしていた。
大学付属ということだが、小石川の植物園のように学術的なかんじでもなく
パリのオーステルリッツのように華やかでもなく、
なんだか、荒んだかんじであったが、退廃的なかんじで悪くない・・・・と言っておこう。
(南国の植物園ということで言えば、シチリアの植物園のほうが手入れされているのは
管轄が違うからだろうか。)
枯れた噴水のまわりではベビーカーをおすお母さんたちが
こどもを遊ばせながら世間話をしている。

■ トレステヴェレ
なかをのんびり散歩したあとは、南にくだり左岸の
トレステヴェレという地区へ。
ここは谷中みたいなもんで、いまでも昔の路地が残る下町でもある。
トレステヴェレというのは「テヴェレ川のむこう側」という意味らしいから
東京でいえば向島のほうが近いかもしれない。
サンタ・マリア・イン・トレステヴェレ教会の裏の
若い人がやっているカフェでひとやすみ。
長いもみあげにオシャレ眼鏡という、いかにも
レコードが好きそうな(日本だったら「くるり」とか好きそうな!)
店員さんのかんじがものすごく良い。
のどが渇いたのでスプライトをたのんだ。

I氏はワイン飲んでる・・・

Italia:Roma

朝、バチカンへ行くために朝食もとらずに出発する。
サンタマリアマッジョーレ大聖堂へ寄って礼拝堂を見て
美術館が開くのは10時からだというので出直すことに。
■ ローマの交通
ローマの旅行者には「ROMA PASS」と呼ばれる券があって
20ユーロで公共交通機関と、博物館ふたつがタダ
それ以降は割引になるという、お得なクーポンだ。
テルミニ駅の構内でさんざん探したが、見つからず
半分諦めて、地下鉄の改札の前のタバッキで聞いたら
あっさり売っていた。なんだ、早く言ってよ。
交通機関は地下鉄、バス、トラム。
どれもATAC(市営?)が運営しているらしい。
「アタック」って発音するんだろうか。
なんだか攻撃的な名前だ。
地下鉄はA線(東西)とB線(南北)しかなく
A線とB線の乗り換えはテルミニ駅でしかできない。
(東京の地下鉄は複雑すぎるが、こっちはこっちで単純すぎる。)
バスは市内を網羅していて便利なのだが、こっちは複雑すぎて
ガイドブックを見ても乗り場も路線もわからず、
日本と同じで難易度が高く、まったくお手上げなのだった。
■ タバッキ
タバッキというのはTABACCHIと書く。
つまり、たばこ屋さんで、いまはそのほかにも
雑誌・新聞、お菓子、飲み物、切手なんかも売っている
タバコ屋+キオスク+コンビニの縮小版みたいなものだ。
「タバッキ」という発音がかわいくて、ついつい
口に出して発音したくなる。
■ 両替
途中、両替をするも、あまりのレートの悪さに戦慄する。
せっかく円が高くなってきたというのに
手数料に17.9%だなんて。
10000円換金しても50ユーロいくかいかないか、だなんて。
1ユーロ200円だなんて…
も は や 詐 欺 だ 。
以降、とにかくカードで買えるものはすべてカードで購入するという方針に。
お店には悪いが、背に腹は変えられないのであった。
■ バチカン博物館
地下鉄でテルミニからオッタヴィアーノまで。
駅を降りて少し歩くと、すでに長蛇の列が。
みんな10時開場のバチカン美術館に並んでいるのだった。
一瞬ひるんだが、ここで諦めては一生見られまいと思い
がんばって並ぶ。
意外とするすると進み、40分くらいで入場できた。
並んでいる間、みんなに大人気だった、「ハマってるハト」。

エントランスは近代的な建物でセキュリティチェックも厳重。
(バチカンを爆破したいと思っている人だって
少なからずいるのだろうから、しょうがない。)
荘厳なルネサンス様式の建物を創造していたので
少々、拍子抜けした。
入るとまずは美術館だが、同じ時期にイタリアにいるb様から
「先にシスティナ礼拝堂へ行くべし」という指令メールが着たので
一応システィナ礼拝堂を目指してみる。
大燭台のギャラリー、タペストリーのギャラリー、地図のギャラリーを通り
システィナ礼拝堂へ。
途中のローマ時代?の彫像にカメラを向けたら
横にいたおじさんがポーズ。
「あんたじゃない!」と思ったが、かわいいので撮ってあげた。
いい笑顔。

内部はとにかくすごい人で、団体旅行者たちの間にはいって
とろとろと進むかんじ。
自分のペースでは到底見られない。
さすがに「最後の審判」や「アダムの創造」は圧巻であったが
上下左右、ルネサンス様式特有のマッチョな聖人たちが濃くて濃くて
おなかいっぱいになった。
宝石箱の内側のような、こまかい装飾や絵画よりも
なんてことのない窓ガラスが吹き硝子をつぶしたような模様で
無骨なかんじに惹かれる。(←要は飽きてる。)
途中、現代宗教美術のギャラリーも通ったが
フランシス・ベーコン、ダリ、マチスなど錚々たる現代画家の
作品があるにもかかわらず、団体客は全員スルー。雑魚扱い。
やはりラスボスはラファエッロか・・・

なにやら地下に降りていく階段があったので
行ってみると、歴代法王の棺が並んでいる場所であった。
あとから気づくが、サン・ピエトロ大聖堂のクーポラ(円屋根)の真下にあたる地下室らしい。
このあいだ亡くなったばかりのヨハネ・パウロの墓前には
生花が捧げられ、膝を付いて祈っている神父さんがいる。
そういうのを目の前にして、ようやくここが信仰の中心なのだなあと気づかされる。
■ サン・ピエトロ大聖堂
カトリック教会の総本山。
イスタンブルでブルーモスクを見たときのような
(I氏は「大仏を見たときのような」と形容していた)
圧倒的なものに対して平伏したくなるような衝撃はあったものの
ここまでやったらいかんよなあ、という過剰さがある。
イスラムのほうが抽象的なぶん、華美さが緩和されているのかもしれないが
サン・ピエトロ大聖堂の彫像やら大理石やら金銀財宝にあふれた大伽藍を見上げると
「そりゃあルターも宗教改革したくなるよなあ」と、思わずにはおれない。

最後はサン・ピエトロ広場から大聖堂とオベリスクを眺め
バチカン郵便局から葉書を出し(独立国なので、切手も消印もイタリアのと違う。)
満足してバチカンを後にした。

Italia:Tokyo-Roma

■ 準備
前日はseicoちゃんたちと23時近くまで飲み
その後帰宅してから準備開始。
いつものことだが
「ああ、面倒くさい…」
「金とパスポートさえあればなんとか…」
「気温差が10度以上だなんて何を着ればいいんだ…」
と、ぼやきつつ完徹で荷造りをする。
明け方、震度3くらいの地震にびびる。
日暮里駅でI氏と待ち合わせるものの、朝の地震の影響で
京成電鉄に遅延。原因が地震とは、想定外であった…。
スカイライナーで行くつもり満々のI氏だったが、
とにかく来た電車に乗りなさい、という
優しい駅員さんのアドバイスにより、特急で行くことに。
(ちなみに、時間は10分くらいしか変わらないのにスカイライナーの半額くらいなので
わたしはいつも特急で行く。)
見事、集合時間に間に合い、バウチャーを受け取り搭乗手続きをする。
eチェックインという、予約券に記載されている13桁のコードを入力し
搭乗券を発券するシステムなのだが、UIが悪く、マシンの反応も鈍く
はやくもI氏の心は折れていた。
■ 飛行機
往路はJAL。
座席は狭いが、アテンダントのサービスレベルは世界でもトップクラスなので快適。
飛行機のなかでは、最新作の「インディージョーンズ」を観る。
最後、宇宙人出てきたり次元の狭間が出現するというトンデモ映画に。
あれー、こんなんだったっけー。
とにかく、フライト時間12時間中、10時間は寝ていたので
あっというまにローマに着いたかんじなのであった。
■ ローマ
ローマのフィウミチーノ空港へ到着。
(別名レオナルド・ダ・ヴィンチ空港だが、この名前はあまり馴染んでいないようだ)
ここから、ホテルのあるテルミニ駅までは
急行「レオナルドエクスプレス」が出ている。
薄汚れた車体で、ちっとも速そうではないが
ノンストップ30分でテルミニ駅に到着する。
ヨーロッパの鉄道はみんなプラットフォームが低い。
ほぼ地面と同じ高さなので、バスのように
ステップを踏んで列車に乗り込まねばならない。
これが、大きな荷物を持っていると、辛い。
乗り込んだ世界各地からの旅行者たちは、
やはり何を着ていいのかわからず
Tシャツの人もいれば、コートを着ている人もおり、カオスなかんじであった。

■ テルミニ駅
9時すぎに旅行者の玄関口・テルミニ駅に到着。
国鉄(FS)と地下鉄、バス停が集まるターミナル駅(=Termini)で
その大きさは名古屋駅くらいの規模だろうか。
近代的な駅で、表示も非常にわかりやすい。
とにかく人が無軌道に右往左往しているので
よろよろと人を避けつつ出口まで向かう。
■ ホテル
テルミニ駅から徒歩10分くらい。
「デステ(D’ESTE)」というこぢんまりした三ツ星のホテルだ。
サンタ・マリア・マッジョーレという、ローマ屈指の聖堂の近くに位置している。
聖堂は、バルコニーの天井に精緻なモザイク画が見えていて
中のゴージャスさが覗える。早速、明日行ってみよう。
ホテルに入ると中国系の人がレセプションに立ち、
中国訛りのイタリア語で部屋と、朝食の時間を案内してくれた。
エレベータは手動で扉を開けるタイプ。
しかも、非常~に動きが不安定で、ぎゅるぎゅる変な音を発していた。
こんなの、東京では今や銀座の銀緑館くらいしかないよなあ。
部屋も、老朽化が激しいものの、古き良きヨーロッパのホテルといったかんじで
なかなかよいかんじだ。
ロビーの革張りのソファや、廊下の調度品などもアンティークを置いてあるわけではなく、
当時買ってそのまま使っているうちにアンティークになっちゃったような
そんな趣があるのであった。

■ スーパーマーケット
荷物を置いて一段落してから、駅の地下にあるスーパーへ。
ここは24時まで開いていて便利そう。
お惣菜やパンのカウンターはさすがに無人で、パックに入ったものしか売ってなかったが
生ハムと、チーズと、おつまみとスパークリングワインを買って
部屋で乾杯した。

 

signori di notte


雨なので一日部屋で読書。
それ以外なにもしていない。
塩野七生 『緋色のヴェネチア~聖マルコ殺人事件~』(朝日文庫) 読了
著者本人が「都市が主人公だ」と言っているのだが
細かな描写は貴金属や服飾や、当時の官僚制度だけで
あまりヴェネチアの景色は描かれていない。
(描かれているのはむしろコンスタンチノープルのほうが多い)
国家を一人称にしたものすごーくおおざっぱな戦争の話と
16世紀のその都市が、現代ではどこに位置しているのかという説明が
唐突に物語のなかに入ってくるので、
どうにも視点がさだまらないまま、さらりと読み終わってしまった。
とはいえ、16世紀の史実をこのレベルでトレースできるってのは
すごいことなんだろうな。
今年はヴェネチアにも行く予定だし、
リアルト橋とサンマルコ広場は拝んでこよう。
しかし、ちっとも殺人事件ではないので
「聖マルコ殺人事件」というサブタイトルは
ミステリ作家協会から訴えられると思う…

Sicilia: Taormina

シチリア日記最終回。
9/20-21
タオルミーナは山と海が近接した熱海のような地形で
ホテルや繁華街は山の上のほうにある。
その眺望のよさと海の美しさから、ヨーロッパ屈指の保養地だと言われているが
日本における熱海同様、それが最新の情報かはわからない。
なぜなら観光客はお年を召された方ばかりだったからだ。
あまりに坂が多すぎるし道は狭いし一方通行ばかりだし
住むには難儀そうなところだが、さすが観光地!
シエスタで休まないし、レストランは夜遅くまで開いている。
ノートからタオルミーナに入ったころにはもう夕暮れで
町を少しぶらぶらして、Shelterというカジュアルなピザ屋に入った。
目抜き通りは人がたくさん出ている。
翌日は、朝早く起きて山登り。
山頂にある教会と城のあとを見に、ひたすら階段を上る。
かなりきつーい。ヨーロッパからのおばちゃんたちは
みんな中腹で挫折していた。
こんなところで大和魂を見せてもしょうがないんだが
とりあえず意地で頂上まで登る。
景色はたしかに絶景だったが、城は閉まっていた。
しょうがないので猫と気が済むまで遊ぶ。珍しく人なつこい猫だった。(こいつ
しかも、山の裏手にはバス停があった…!(衝撃
洞窟をくりぬいて作ったような教会。
そして聖母子像。

その後、土産物屋が軒を連ねるテアトル・グレコ通りを歩きギリシャ劇場へ。
ここらのお土産屋ではトクナクリアをモチーフにした
陶器やタペストリーが多い。やはりキャッチーな造詣だもんな…
今日のも結構強烈。(横にはテレタビーズの太陽ちゃんみたいなのがいる)

ここのギリシャ劇場は、シラクーサほど大きくはなかったけれど
ここは今でも現役で使われているそうで、こんな舞台装置の中で
古典劇なんかやったら幻想的でいいな、と思う。
その後、FUNIVIAとよばれるロープウェイで海へ。
12人乗りの妙に近代的な、タイムスリップできそうな乗り物でかわいいが
動きは非常に不安定で、同乗した観光客はみんな神妙な顔をしていた。
海の見える美しいレストランでボッタルガ(カラスミ)のパスタを食べる。
ボッタルガはほぐしてあり、千切りのバジルがのせられ
日本のタラコスパゲティと非常によく似ている。
元祖はこっちかもしれない。
ここのレストランからは、映画『グラン・ブルー』の舞台になった
Isola Bellaという島がよく見える。
潮がひくと地続きになるようで、みんな徒歩で島に渡っていた。
なんか江ノ島によく似ている。

おなかもくちくなったところで、山の上に戻り
目抜き通りであるウンベルト通りを右往左往する。
途中広場かあり、カフェが外に椅子を出しているので珈琲を飲む。
ラジコン売りが操作しているのは、うちのミニ吉と同じカラーリングだった。
日本ではあまり見ない配色なのだが、こっちではこの色が人気みたいだ。

昼、わりとしっかり食べたので夜は簡単にパニーニ。
最後の夜のわりにあっさりだが、連日前菜&パスタで
さすがに胃もお疲れ気味。
くらくなるまで町をふらふらして、ホテルすぐ脇にある階段の踊場から
海をながめると、こぢんまりとした美しい夜景。
翌日は朝から帰路に着く。
チュニジアが完全パックツアーで、食事から移動からすべて
旅行会社まかせだったので楽だったが、
シチリアは自分たちでバウチャーを切って、運転手としゃべって
レストランで悩んで食べて失敗したり成功したり。
そのかわり、ゆっくり写真が撮れて、疲れたときにはいつでも休めた。
日数のわりには、充実した旅だったな。

bon weekend


■ 旅行記
なんでか、mixiに日記が反映されない今日このごろです。
えらく久しぶりに本館にUPしたってのに。(10/28参照。)
なんというか自分の中で旅を終わらせたくないのか
シチリア旅行記最終日は、もう書いてあるのだけど公開してない。
■ 金曜
ものすごくひさびさにc氏と会う。
人生の転機のようで御武運を祈る。
NZ BARはニュージーランド贔屓ということで
どことなく大味っぽいものを想像してしまうのだが、
どっこい、ワインもフードも美味しい。
2軒目に行ったDaiはいつのまにか方向転換してて
焼酎が少なくなってワインにシフトしたのは微妙な線だが
BGMをハードロックからラウンジ系に変えたのは正解だと思う…
■ 土曜
大雨の土曜は部屋とPCの片付け。
和風の香炉をリビングにおくことにしたので
あたしの部屋用にと硝子の香炉を買ったのだが
肝心の香油を使い切ってしまっていたので、どこかで調達しなければ。
ごっついアラベスクのカーテン(丈200cm)を吊るしたら
一気にわけのわからないテーマの部屋になった。
ベッドカバーとシーツを黒にしよう。
■ 日曜
おなじみ古今東西雑貨店イリアスさんが6周年を迎えられたので
小さいブーケを持ってお祝いに行った。
店長から、とてもじゃないが怖くて公にできない
近所の噂を聞いてしまい、死ぬほど笑った。やばすぎ!
それから、買い付けに行ったスロヴェニアとエストニアの話。
近所で、見知らぬ異国の話を聞けるのは素敵。
■ この週末に齧った本いろいろ
・宮村優子 『電脳コイル』
1,2巻読了。3巻半分くらい。
設定が微妙なんだが、アニメでは語りきれない細部の描写がいい。
・有栖川有栖 『女王国の城』(東京創元社)
15年待った…!!!
もったいなくて読めなくて、風呂でちびちび読んでる。
・J. G.Ballard 『結晶世界』、『沈んだ世界』、『時の声』(東京創元社)
Amazonに注文しても来ないなーと思っていたのだが
いつのまにか絶版になり、そして復刊されていた。
なんなのよ、もう。

Sicilia: Gallery


シチリア写真(フィルムバージョン)UP。
温室と南国の植物、狭い路地と朽ちた壁、教会、空…
そんな風景ばかりを撮っていたようだ。
パレルモの植物園からはじまった今回の旅と同じく
植物園の温室から不思議な世界の城や路地に迷い込み
そこで見た風景をつないでいったような
構成にしてみました。
「なんだよ、いつもどおりじゃねえか」と言わず、
ここはひとつ、ご笑覧くださいませ。
http://3d-luna.com/voyage/sicilia/index.html

Sicilia: Siracusa-Noto

シラクーサからノートNotoへ。
今日の運転手サルヴァトーレ君は絵に描いたようなラテン系。
そしてやっぱり英語は話せない。
シチリア南東部のノートからカルタジローネ一帯は
「ヴァル・ディ・ノートの後期バロック様式の都市郡」として
世界遺産に登録されている。
ここは1693年の大震災で崩壊した旧市街を捨てて
新たな都市計画で生まれた「新市街」なのだが
とはいえ18世紀初頭の話だから古都といっても良い。
そのときに「どうせやるなら流行のデザインでかっこよくしよう!」と思いたったノート領主は偉い。
後々観光都市となって市民を潤すとは思っていなかっただろうが。

壁の落書きがひどいパレルモに比べて、徹底的に落書きも消され
過剰な装飾が施されたバロック様式の建築は
最近になってまた修復されたらしく、ぴかぴかだ。
古けりゃいいってもんでもないが、あまりにぴかぴかだと
ありがたみが薄れる、とか言ってる勝手な観光客たち。
人間やガーゴイルの彫刻が並んでバルコニーを支えている様子は
ちょっぴりユーモラスでもある。

町はシエスタで死んでいたが、外観を見るだけでも満足。
黄色味の強いベージュと、バロックの曲線と、蘇鉄の硬い質感との
組み合わせが、なんとも素敵。
16時をすぎたころからは、大聖堂にも入れるようになっていた。

ノートから最終地のタオルミーナまでは150kmほど。
ラテン系運転手サルヴァトーレ君に「君は助手席に座りたまえ!」と言われ
2時間ほど、イタリア語のみで会話する羽目になる。
『ゆびさし会話帳 イタリア語編』をにぎりしめ
「シチリア、パスタ、美味しい!」とか
「ウニ食べた!」とか
「わたし、WEBの仕事 デス!」とか
お互いものすごく一方的な会話をする。
会話帳には動詞の現在形しか載ってないので、過去の話や
未来の話ができないのがもどかしい。
こういうときに文法が必要になってくるのだな…
サルバトーレ君は副業でグラフィックデザイナーもやっているらしく
Windows XPでPhotoshop 10を使っているらしい。
(「フォトショップ ディエチ!」って言ってるのが無性にツボに入った。)
マシンはASUSだそうだ。パソコンの話は各国共通だなあ。
「Adobe製品は高すぎるよね!」
というところで意見が一致した。おお、万国共通認識。
あと携帯を4つも持っているのを指摘したところ
「仕事と、家族と、ガールフレンドと、発信専用」らしい。
機種自体はタダみたいなものらしく、そのへんのシステムは日本と似ているのかも。

シチリア第2の都市カターニアCatarniaを見ながら
高速をとばしていく。
目的地のタオルミーナは、山の上にのっかるようにして拓けている町で
蛇行する山道に車酔いした。
タオルミーナ市内に入ってから、サルヴァトーレ君は激しく道に迷い
→車止める
→わたし窓開ける
→サルヴァトーレ君が通行人に道を聞く
→わたし御礼を言って窓閉める
→発進する
という華麗な連携プレイで5回ほど道を聞き、
せますぎる路地を大型車で通り抜け
ようやく、ようやくHotel Paradisoについたのであった。
ぐったり。

Sicilia: Siracusa

9/20
シラクーサ2日目。
朝、早起きして市場へ行く。
シチリアの朝は光がオレンジがかっていて綺麗。

日本ほど早くから市が開かないようで、7時くらいでも
設営している最中だった。日本の青果市場のように
常設というわけではなくて、蚤の市のようなかんじ。
大小さまざまなトマトが並ぶの様は、さすがイタリアというかんじ。
南瓜は巨大なキノコみたいなかたちをしているし
茄子は京都の米茄子のように丸い。そして大きい。
ドライトマトと柘榴を買って、柘榴は海辺で食べた。

ホテルで朝食をとったあとはタクシーで新市街へ。
「天国の石切り場」と呼ばれている遺跡へ行く。
ローマ時代の円形劇場などが残っているのだが
「ディオニッソスの耳」と呼ばれている洞窟が圧巻。
たしかに耳のような形をしていて、天井までは数十メートルあり、
音がものすごく反響し、ささやき声でも洞窟の入り口まで聴こえるそうな。

そこから歩いて、サン・ピエトロ・エヴァンゲリスタ教会へ。
地上には屋根の落ちた教会の廃墟しかないようだが
地下にはローマ時代からのカタコンベ(共同墓地)があり、
ガイドつきで中に入れる。
なかは湿っていて暗くて寒くて、大通りや広場、路地などがあり
ひとつの町のようになっている。左右の壁面には
死体を置いていた穴がボコボコ空いていて、かなり不気味。
(フランスのカタコンベのように実際骸骨が積んであるわけではないんだが。)
ところどころ、中世の壁画が残っているが状態は悪い。それがまた不気味。
屋根の落ちた教会も、実際は屋根が一部補修されており
中のビザンチン様式の壁画を見ることができた。
こちらも状態は悪いが、色がかなり鮮やかに残っていてびっくりする。

新市街をタクシーをもとめて歩く。
日本の地方同様、流しのタクシーというのはいなくて、
大きな駅まで歩かねばならない。
人に聞きつつ、立ち入り禁止じゃないか?というような
通路を通ってシラクーサ駅まで行き、ようやくタクシーゲット。
本日のトクナクリアさん。(@オルティジア島 ローマ通り)

ちょっとマイケル・ジャクソン入ってます。

Sicilia: Siracusa

カルタジローネからシラクーサ Siracusaへ。
シラクーサの旧市街はオルティジア島 Isola Ortigiaという出島のようなところにある。
シラクーサという名前も、なんとなく頭の中で「白草」と変換してしまう
温泉地みたいな名前だ。
途中、車が出島の直前で止まってしまった。
おろおろと事務所に電話する運転手に「何か問題でも?」ときくと
「禁止」だという。
察するに、大型の車は入れないという情報が
島の入り口に書いてあったらしい。
「ここからタクシーで島に入らないとだめかも…」と言うので
まさかそんなことはあるまい、と思っていたら
案の定、運転手の勘違いで、車は別ルートでホテル近くの広場まで入ることができた。
あー、びっくりした。
今回宿泊するHotel Romaは、まだ新しいホテルで
内装はアールヌーヴォー風でかわいい。ホテルマンは英語が堪能だし
アメニティも凄く洗練されていて、これからシラクーサに泊まる人には
是非お薦めしたい。

夕方、ホテルのすぐ裏にある大聖堂へ行く。
大聖堂の地下には巨大な空間があり、戦時中は防空壕としても使われていたそうだ。
当時をしのぶ資料が展示されていて、ちょっと寒い雰囲気だったが
唐突に人工滝に変な女神像が投影されているアート作品?があったりして意味不明。
(写真に映ったぼやけた像を見て、b様は「心霊写真だ!」と興奮していた。
残念ながら仕込みです。)
広大な地下通路を抜けるとイオニア海をのぞむ港に出る。
ちょうど日が沈むときで、空の色が刻々と変化して美しい。
地中海の海は、なぜだか日本の太平洋とも日本海とも違う色になる。
公園の小鳥が狂ったように啼いていた。
海べりには泉があって、もう暗くなるというのに透明度がわかるくらい
きれいな水が湧き出していた。

シラクーサは夜が素晴らしい。
レトロな街灯が、どんなちいさな路地にも等間隔に設置されていて
ちょっと黄色がかった光で道を照らしている。
東京の下町のように、道には植木が置いてあり
犬が寝ていて、人々がふらふらと歩いている。
朝になったらきっと壁の落書きや、道端のゴミも見えてしまうんだろう。
でも、夜は美しい。


海べりの遊歩道に軒を連ねるピザ屋で夕食。
シチリアに来て、初めてピザにありつけた。
日本でもなじみのある「カプリチョーザ(気まぐれ)」は
サラミやドライトマトやオリーブが乗っていて美味しかった!

Agrigent-Piazza Armerina-Caltagirone

9/19
アグリジェントを朝出発し、ピアッツァ・アルメリーナP’zza Armerinaへ向かう。
ここはローマ時代の貴族の別荘があった場所で
モザイク画がかなり状態よく保存されているらしい。
ヨーロッパの学生が修学旅行でイタリアに来ると
必ず寄る、というような場所だ。
別荘の遺跡は、温室のようなアクリルのプレハブに覆われていて
朽ちたローマ遺跡を想像していたのでちょっぴりがっかりする。
とはいえ、雨風にさらされていたら修復作業もままならないもんな。
中に入ると、若い人たちが足場を組んだり、床のモザイク画の修復をしている。
暑いさなかに、床一面で巨大なジグソーパズルをするようなかんじで
気が遠くなる作業だ。
チュニジアのバルドー美術館はモザイク画の宝庫だが
すべて壁に架けられていたので、本来はこんなふうに
床にはめこまれていたんだなあ、と納得する。
昔はアヒルに車を曳かせていたんですか…?

さらに車で1時間ほど、町全体が世界遺産に登録されている
カルタジローネCaltagironeに到着。全体が灰褐色で、いたるところに
バロキッシュな装飾が施されており美しい。
美しいんだが、それは昼時であった。
ま た シ エ ス タ か !
ということで、教会も博物館もレストランもほぼクローズ。
見事にランチ難民になった。
観光地なんだから頑張れよ!
(南イタリアでも、本気の観光地はシエスタはとりません。)
陶器で有名らしく、ショウウインドウには、黄色と青と白の配色の
もっさりした皿や花瓶が飾られている。残念ながら買うには至らず。
ただ、こんなところにも。
数百段の階段すべてに陶器がはめこまれている「スカーラ Scala」。

ひとりになって町をぶらついてみる。
山の斜面にへばりつくように小さい家が密集していて
迷路のような路地が走り、細い階段も多く
自転車や車椅子では絶対に生活できない。
本日のトクナクリアさん。
かなりファンシーな色づかいですね。
値段をみると85ユーロ(約15000円)。

絶 対 買 わ な い 。
唯一開いていたのは町はずれの市民公園。
入り口付近には、すたれてしまった映画館や、
色あせた看板があって、ひなびた雰囲気だった。
日本で言うなれば鬼怒川みたいなかんじだ。
一転して公園の内部はモザイクの美しい東屋や、著名な作家が
デザインしたという壷がふんだんに飾られて優雅な雰囲気。
時間があったので陶器博物館にも行きたかったのだが
3人に道を聞き、それぞれ微妙に違うことを教えられ
4人目でようやく、目的地が改装中で入れないことを知った。
とほほ。

Sicilia: Agrigent

アグリジェントに着く。
街に入るとまず山の上の新市街を通り、山を下ると
建物もまばらになり、考古学地域に入る。
正面にふたつのギリシャ神殿が見えてくる。
ホテルVilla Athenaは考古学地域に建つ唯一のホテルで
だまし絵がカウンタに書いてあったりして可愛らしい。
庭からも神殿がよく見える。
まずタクシーで新市街に行く。
新市街はVia Atenea通りを中心に山肌に沿って間口の狭い家がみっしりと
軒を連ねていて下町っぽい。
庶民的な(でもどこか南国の)植木の並んだ町並みに猫がハマっていて、
どうも東京の下町と通じるところがある。

サンスピリト教会というのがよさそうだったので
タクシーで連れて行ってもらったものの、シエスタで閉館。
とぼとぼ坂を降り、狭い路地の階段に席を出しているトラットリアで昼食。
途中入ってきたオヤジたちはみんなチョイ悪風味で
『LEON』のモデルのようだったよ。
さっき入れなかったサンスピリト教会が気になっていたので
再びフウフウ言いながら山を登り、リトライ。
12世紀くらいの礼拝堂はがらんとしている。
次に通されたホールのようなところはルネサンス風のこってりした絵が飾られており
「うーん…」と思いつつ終了。
2階にあがると、近代の地元の画家の絵が飾ってあったりして、
さらに「うーん…うーん…」と思っていたところで、小さい通路を発見。
奥に入ると朽ちた中世の壁画や、聖人の彫刻がひっそりと置いてある
とても神秘的な小部屋があった。諦めずに進んでよかった。
3階は錠前やミシン、琺瑯の食器など、近代の生活雑貨が展示されている
カオス空間だった。
再びタクシーで考古学地域Zone Aecheologiaへ戻る。
小高い丘の上、2kmにわたって、およそ等間隔に
4つの神殿と劇場が並んでいて壮観だ。
いちばん東のジュノー神殿から、コンコルディア神殿、ヘラクレス神殿…と
西日をガンガン浴びながら歩いていく。
水をいくら飲んでも足りない。

夜はホテルのレストランで。
ピアノの生演奏では、もちろん「ゴッドファーザー愛のテーマ」が流れていた…
考古学地域はライトアップされていて、暗闇に神殿がうかびあがって本当に美しかったが
たまに停電でライトアップがバツンと消えたりしていた。
ムード台無し。

部屋から神殿をのぞみつつ。

Sicilia: Palermo-Monreale-Agrigent

9/17
朝、パレルモを発つ。
ドライバーはまったく英語が話せない、というのを
ホテルのフロントの人が通訳してくれた。
そのくらいの英語は覚えて欲しいが
かなり年配ベテランドライバーだったのでしょうがないか…
とりあえず「渋滞だ!」と言っているのはわかったので
「イタリア!車!多い!」くらいはイタリア語で言ってみた。
通じた。
アグリジェントに向かう途中に、モンレアーレという山の上の町に寄る。
ここの大聖堂Duomoはものすごく立派で、天井までびっしり描かれたフレスコ画が圧巻。
旧約聖書の物語かな。アダムとイヴがいる。
12枚の翼の天使が乱舞する天井は
キリスト教徒じゃなくてもひれふしたくなる。
エヴァンゲリヲンに出てくる使途みたいなので…

礼拝堂の隅で、テラスに上がるチケットを売っていたので購入し
細くて暗い階段をのぼってゆく。
一気に視界が開け、回廊を持つ中庭や、モンレアーレの町や
遠くの山々や、大聖堂の屋根のレリーフなどが
一度に視界に入ってきて素晴らしかった。
宝物庫も別料金だったが、こちらは
下品なほど過剰に飾り立てられたバロック様式の礼拝堂から
宝物庫へ入る。中には聖人と骸骨が対になった祭壇や
豪華装丁なんてもんじゃない金箔フルカラーの写本や
聖人の遺骨が瀟洒な瓶に入れられて飾られていた。
澁澤龍彦的というかなんというか…

よくみると、猪木じゃん。

回廊は、素朴なもの、モザイクがはめこまれたもの
螺旋のものなど、さまざまな様式の柱が並ぶ美しいもので
NYのクロイスターズに移築されたものとよく似ている。
(あれはたしかスペインの廃院だった)

柱には、ロマネスク様式のレリーフがあり
どれもちょっとユーモラスでかわいい。
天使に押されて困ってる人。

Duomoを出て、「キリストの壁画」というのが有名な教会に行く。
道行く人に道を聞きながら行ったものの
教会は閉まっている。
しょぼーんとして教会を見上げると、壁面に
巨大なポスターのようにキリストのモザイクが描かれていた。
ここまで堂々と白昼に晒されていると、ありがたみがないなあ。(贅沢な。)
サッカーをして遊んでた子。
「教会は閉まってるよ!」って教えてくれた。

モンレアーレからアグリジェントまでは100kmほど。
高速を飛ばしていく。
ベテランドライバーは非常に安全運転で法定速度で走っている。
車も良いし(ベンツのバンだった)、道も整備されているのがちょっと意外。
途中、PAのようなところでトイレ休憩。
併設されたカッフェも、バーのような内装でいい雰囲気。
最初に食券を買って、カウンターの中にいる係に渡し
ピザや飲み物を受け取るシステムになっている。
エスプレッソは目の前で淹れてくれて、0.7ユーロ。
唯一日本より安いなあと思ったのが、この美味しい珈琲だ。
アグリジェントにつづく。

Sicilia: Palermo

9/16
朝、タクシーでシチリアの植物園Orto Botanicoへ。
3kmくらいなのに12ユーロ(今のレートだと2000円弱!)高!!
ここは1789年に設立されている由緒正しい植物園で
中に入るとルネサンス様式の立派な記念館や温室がある。
樹齢100年を越すユッカや椰子の巨木がそこここに生えていて
池には蓮や睡蓮が咲き乱れ、なんともエキゾチックだ。
みたこともないサボテンが、温室に育てられていたり
ひっそりと建てられたボイラー室には、アラブ風のタイルが貼られた
洗い場があったりして、なんとも不思議な場所だった。

植物園を出て、細い路地の下町を抜け旧市街へ。
サン・フランチェスコ・ダッシジ教会Chiesa di S Francesco D’Assisiは
寄木細工のような天井が美しく、
プレートリア広場のルネサンス風彫刻たちはみんな全裸で
「ちょっとくらい服を着たほうがいいんじゃ…」と思ったり
シチリア最古のビザンチン様式のマルトラーナ教会Martoranaの
あまりの金ピカ具合に目を剥いたりした。
この1143年に建立されたマルトラーナは外観も朽ちた石壁に
蘇鉄が生い茂っていて退廃的な雰囲気が素敵なのだが
内部は、東方教会風の、正面きって描かれたモザイク画が多数ある。
少女漫画みたいなルネサンス様式よりも、こちらのほうが
ストレートに信仰が伝わってきて好きだ。

ヴィットリオ・エマニュエーレ通りVia Vitt. Emanueleを西へ歩き
ノルマン・アラブ様式の巨大な大聖堂Catedoraleへ。
とにかくものの基準を無視した大きさと、アラブを思わせる
こまかな幾何学模様が凄い迫力だった。
正面から見たノルマン様式の堂々とした姿よりも
裏側の繊細な幾何学模様の壁のほうが美しいと思った。

巨大なアラブ人をあしらったヌォーヴァ門Porto Nuovaをくぐり
ノルマン王宮Palazzo dei Normanniへ。
ここは現役の州会議事堂として使われており、ガイドの案内で見学したが
ガイドはすべてイタリア語だった。(ちなみに参加している観光客で
イタリア人はいなかったように思う…)
議事堂の中は、硬い彫刻や調度で飾られていたが
奥に行くと12世紀くらいの黄金のモザイクの間が残されていて感服した。
日本の国会議事堂にいきなり鎌倉時代の茶室があるようなもんだ。唐突だ。
もちろん、三つ足のメドゥーサ「トクナクリア」さんもいた。(写真撮影不可だった。残念。)
日曜ということもあって軒並み店を閉めている中
果敢にもOPENしていたトラットリアで昼食をとる。
鰯のマリネは強烈な酢と塩で、酒が進んでしまい
昼間からワインをがぶがぶ飲んでしまった。
夕方、tram氏とb様はシエスタ。
わたしはサン・ドミニコ教会S Dominicoを観ようとして
片側3車線の大きな目抜き通りをふらふら進んでいくうちに、
ちいさな遊園地をみつけたり、シチリア初の猫を目撃したりして
本来の目的を忘れかけたが、気を取り直して地図を見返して
自分がまったく反対方向に進んでいたことを知った。
慌てて引き返し、サン・ドミニコ教会に着いた頃には門扉は閉ざされ(涙)
外観だけを写真に収めて退散。
海沿いのさびれた夕暮れの道を、ちょっと心細くなりつつ歩いた。
(でも、途中で無数のカモメがとまっているクレーンや、中世の教会を見つけたので良かった。)
夕食は、ローマ通りVia Romaと、マクエダ通りVia Maquedaの間の道に
テーブルを出しているTaverna Siciliana(シチリア食堂?)で夕食。
カプレーゼ、シチリア風海鮮スパゲッティ、白ワインをいただく。