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Hiraizumi
6月17日
二日酔いでぐだぐだしつつ11時頃にホテルを出る。
一ノ関から東北本線で2駅目が平泉駅だ。
この時間の一ノ関-平泉間は昼間の山手線くらいには混雑する。(平均年齢60歳以上だけど)駅を降りるとホームに唐突に御所車が置いてあったりして楽しい。
混雑する改札が落ち着くまで待とう、と思っていると
ちょうどオオフジツボの面々と一緒になった。図々しくタクシーに便乗し、福興祭の会場である観自在王院跡へ。
その後、みんなで楽屋裏でコロッケ食べたり芝生でまったりとしたり
たまに郷土芸能の神楽を見に行ったりして、大学の部活みたいな
いい雰囲気であった。およそ1時間のライブも素晴らしく(風が強くてステージ上は大変だったようだが)
「平泉セット」は本当に素晴らしくて、この曲が入っているパッケージデザインができて
本当によかったなあとしみじみしながら聴いた。
日常の小さな幸せを感じる「Hope」もとてもよい曲。本番前にざっと通り雨が降ったものの、オオフジツボの番には快晴になり
ライブが終わった直後は虹まで出るという完璧さ。すごい!
片付け終了とともにまた通り雨がやってきて、移動の段になったらまた晴れた。
山の神に愛されてるオオフジツボ。夕方からはお蕎麦屋さんでライブもあり、こちらは座ってゆっくり堪能できた。
山の神の詩を朗読している相沢史郎さんの「地蔵盆」の朗読音源も流されたりして
平泉ならではの演出だった。
アルバム未収録の「なのはな(タクシー)」が聴けたのもよかった。ライブを堪能して、同じく東京から遊びにきていた友人に便乗して
一ノ関まで戻り、夜は打ち上げへ。イナゴとかカエルとかざざむしとか
挑戦的なメニューがある大衆酒場だったが(わたしは食べなかったけど)
地元の方も参加して楽しいお話をたくさんできていい夜であった。バスキングジャパンの戸田さんと、オオフジツボの面々に感謝。
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Esashi-Ichinoseki
明治記念館を出て人首川沿いに歩いて行くと
「えさし藤原の郷 →900m」という案内板が見えた。
1kmないならこれなら歩いていけるなと思って矢印の方向に進む。明治記念館の屋根を模した3つの塔をもつ水門を通る。
それぞれに螺旋階段がついていて可愛らしい。さらに進んで民家がまばらに建つ集落にさしかかると
看板に「落石のため歩行者通行止」と書かれている。
とはいえ、看板は道の端に避けられていたし、行くだけ行ってみようかと思っていると
道におじいさんが出てきて、私の顔を見るなり
「佐藤さん?」
と声をかけてきた。惜しいですが違います。「藤原の郷に行きたいのですが、この先は通行止めなのですか?」と聞くと
「うーん、世が世ならここを通って行けたんだけども。落石のせいで今は無理。」と言われる。じゃあ諦めて町に戻ります、と言うとおじいさんは少し考えてから
「これからちょっとデートしない?」と言った。ひゃあ。しゃっきりされているけれども、どう見積もってもかなりのご老体だし
危険なこともなかろうと思って、ご好意に甘えさせていただくことにした。
さらに驚いたことに「日暮里に親戚がいる。日が暮れる里と書いて日暮里って知ってるか?」と聞かれる。
いや、知ってるもなにも地元ですと言うと、
「鈴木という姓の叔父もいて、生きていれば100歳くらいだと思うが生きてるか死んでるかわからない。」と笑っていた。
そんな彼は昭和5年生まれだそうだ。お元気だなあ。
ネイティブの江刺弁であるからして1/3くらいしか聞き取れないのだけども、
要件はだいたい合っているはず。軽自動車でものすごい坂道をあがって、部落の人たちで管理しているという
義経供養塔と判官桜を見せてくれ、さらに山を越えて5分ほどで藤原の郷まで連れて行ってくれた。
これから踊りの練習があるのでそれまでは暇だし気にするな、と言って
さわやかに去っていった。K野さん、ありがとうございました。さてそんな地元の方のご好意で連れて行っていただいた「えさし藤原の郷」は
映画のロケなどにも使われている中世の日本を復元したテーマパーク。
思いのほか丁寧に作られている。日光江戸村のようなアミューズメントパークというよりは
もっと時代考証とかもちゃんとして、大河ドラマの撮影に耐えうるクォリティで造られている。雨でなければもっと丁寧に廻りたかったのだが
バスや電車の時間も気になったのでメインどころだけ見学してほどほどの時間で切り上げた。帰りはおじいさんに教えてもらったとおり、川沿いに水門を目指して歩き
30分ほどで町なかに戻ってきた。
一面に白い花。この花のものかはわからないが、とても良い香りが漂っていた。
桜のあいだからミズナラが生育している珍しい樹。
わかりにくいのでここだけカラー。蔵町モールに戻ってきたので入り口にあるおしゃれなカフェで休憩。
バスの乗り場をたずねたら、わざわざ時刻表を調べてくださった。
岩手の人たちは本当にみんな親切だ。バスがくるまですこし時間があったので
蔵の立ち並ぶ路地をふらふらと歩き、始発の「江刺バスセンター」から水沢駅に戻る。
蔵の扉に仁王が彫ってある。この位置に彫刻されているものは初めて見た。一関に戻って友人と合流し、駅の裏手の居酒屋/小料理屋の「喜の川」さんへ飛び込みで入ってみる。
地酒にもこだわりがあるようで、その日のメニューには原酒や無濾過、山廃などの文字が並ぶ。
地元のお酒「関山」をかっぱかっぱと飲んでいて相当いい気分になった。
隣に妙にノリのよい酒好きなマダムが座ったのだが、
マダム曰く、地元でも指折りの店で普通なら予約しないと入れないのだそうだ。
たしかにお料理もお酒も美味しいお店で大正解であった。 -
Tokyo-Esashi
6月16日
8時台の新幹線に乗り一ノ関に向かう。
17日のイベント以外はまったくのノープランで出てきてしまったので
一ノ関のホテルに荷物をあずけ、ロビーに置いてあった東北の観光パンフレットをながめること数分。
東北本線の水沢という駅からバスで15分ほどいったところに
蔵が残る「蔵町モール」があると書いてあるので行ってみることにした。30分ほど時間調整して一ノ関から東北本線に乗り15分くらい
水沢の駅に着く。降りる人は数人しかいない。
ホームの天井には南部鉄の風鈴が無数につりさげられていて
無人のホームに美しい音が鳴り響いていた。
まるで映画のような幻想的な風景だった。駅前からバスに乗り15分ほど、「中町」という停留所で降りる。
すぐに蔵が並ぶ一角が見えてきた。テントを出してフリーマーケットなども行われていたが
あいにくの雨で人はほとんど歩いていなかった。蔵の並ぶ一角はあっという間に通り過ぎてしまい、さてどうしたものかと思っていると
川のふもとに「明治記念館 →」という案内板が立てられている。
橋を渡ると左手に擬洋式の建物と、そのむこうに水門が見える。あの洋館が明治記念館だ、と思って歩いて行くとがらんとした学校のような建物である。
中に入って声をかけてみるものの誰もいない。
勝手にあがって中にはいってみると古い教科書や楽譜、写真資料などが陳列ケースにひっそりと展示されている。
木造土壁の建築も味わいがあって素晴らしく感動しつつ写真を撮っていると
おじさんが出てきてひと通り説明してくれた。なんの前知識もなくバスで移動してきたので気づかなかったが
この辺りは水沢というよりは江刺という地域なのだ。
もともと仙台藩で、先進的なことを好む気質があり
西洋医学を教える学校として建てたもののすぐに潰れてしまったらしい。
その後、講堂として建物は活用され続け、現在は教育委員会が管理している。
柱が4階までつきぬけており、梁も柱の間を通している頑丈な造りで震災にも耐えたのだそうだ。帰り際に職員さんがニコニコしながら
「わたしも東京に遊びに行こうと思ってるんですよ。銀座とか行きたいなあ。」と言っていたので
浅草もやっぱり面白いですよ、と地元アピールしておいた。明治記念館を出て坂を下り、人首川(ひとかべがわ、と読む)に沿って水門に向かう。
人首というのは穏やかではないかんじがするが、中世の坂上田村麻呂の東夷東征の際の伝承
アテルイの子供の人首丸からきているようだ。
(続く)















