
朝、ちょっと早く起きてベランダの植物に水をやる。
あたしはいつも、その後5分くらい
(ほんとうはもっと短い間かもしれない。)
じろじろと植物を眺める。
じろじろしている間は何も考えていないわけではなくて
「新しい茎がでてきたぞ」とか
「この葉っぱは萎れているけど、乾きに強いから平気だろう」とか
「花が終わったら切りつめろと言うけど、面倒だな」とか
考えているのだが、それと同時に
「わたしはいつもベランダで植物をじろじろみているな」とか
「”新しい茎”だと認識するのは、昨日とは違う視覚情報の断片を
集めて統合した段階で、「アタラシイ」という言葉に至る前に、
すでにわたしの思考はどこか別のことに飛んでしまったな」とか
「墓参りの人がわたしを見つけたら不気味に思うだろうな」とか
(うちのベランダからは一面の墓場が見えるので)
そんな思考が並走している。
舞台で役者が順番に台詞をしゃべっているというよりは
ふたりの役者が同時にしゃべっていて
意識的にどちらかにスポットライトを当てているような感覚で
こういうのは誰にでもあると思うのだが
それをスパっと言い表す言葉(たとえば
「本当はないはずなのに、どこかで見たことがあるような感覚」を
「既視感」というような)が、思いつかないな、と思った。
日本語以外だと、しっくりくる単語があったりするんだろうか。