impressions

池谷裕二、糸井重里 『海馬』 (新潮文庫) 読了。
人を、細胞レベルの細かなパーツにわけて、それぞれの機能や関連性を調べ上げて
まるでひとつの機械のように語るというのはあまり好きではない
(というか、仕組みがわかったところで、悲しいとか寂しいとか嬉しいとかいう感情は
どうにもならない無力感のほうが先にたってしまうので)のだが、
もう百万遍も言われているような
「新しい環境にとびこんでいくことの素晴らしさ」とか
「老いても好奇心を忘れないことの素晴らしさ」とか
「失敗は成功のもと」みたいなことが
科学的な切り口で語られていくので、力づくで納得させられる気分になる。
しかも、理詰めのメカニカルな話のスキマに
糸井重里の理系に関する素人くささと、クリエイティブを生業にする
彼ならではの鋭いツッコミが入って飽きさせない。
「あ、ついていけなくなりそうだ」ってところでまとめが入る
わかりやすい構成になっている。
そして底辺には「脳ってすごいじゃん」という楽観的なものが流れていて
なんだか無条件に励まされてしまう。
この本は売れただろうなあ、と思う。
あまり本筋とは関係ないところなのだが、
寝ないで仕事して、ちょっと常軌を逸した作品を作っちゃう手塚治虫や宮崎駿のような
天才の話をしている中で、糸井氏が
「だいたい現代って、整合性の高いことや構築しやすいもの
ばかりじゃないですか。おなじようなものしかつくられないんですよ。
秀才タイプは山ほどいるんだけど、新しい可能性や多様性が、見えてこない。」
っていう言葉が出て、それが一番今の自分には刺さる言葉なのであった。
今、自分のホームページを一通りリニューアルしたところなのだけど
(たぶん、見ている人にはちっともわからないと思うが)
見やすく、遷移しやすく、というところを重視してソリッドにしすぎたなあ、
という反省があるのだ。要は、このデザインすげえつまんないよね、って話で。
そんなわけで、自分のサイトの一角を区切って
ひとつのテーマで好きなように作れるスペースにしようと思っていて
デザインの本やら、昔の建築の写真集やらを引っ張り出して
いくつかの意匠をスキャンしたりして手を動かしながら考えていたのだけども、
(ちなみに『海馬』によると、脳の側坐核という場所が「やる気」を司っているのだが
これは、やり始めないと「やる気」を出さない仕組みになってるそうだよ。)
どうしても「ブログのシステムを使ったら構築も更新も楽なんじゃねえ?」という考えが
むくむく出てきてしまう。
でもそうするとテンプレートに沿ったものしか生成されないから
デザインはしばられちゃう。
ものすごく凝ったレイアウトとかは出来なくなる。
どっちをとろうか、というところで悩んでいたのであった。
自分で決めて自分で満足するんだから、どっちでもいいじゃんって思うんだけど
でもやっぱり他者がいないと表現できない、っていうのはまた別の話だ。