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この界隈の住人のなかには、少なからず異界と隣りあっている感覚を持っている人が多いのではないかと思う。皇居の北東、うしとらの方角は鬼門封じで東の比叡山・東叡山寛永寺があり、江戸時代は巨大な敷地を有していたという天王寺と谷中霊園があり、江戸時代から続いているような寺社仏閣が路地にひしめきあっている。東京でも、都立の霊園を有している町(青山、染井、雑司が谷)はここと近い雰囲気がある。

わたしは学生時代まで日暮里側に住んでいたので、上野に出るには必ず羽二重団子の脇の芋坂の陸橋をわたっていた。そこが異界の入り口で、橋をわたりきると国境を越えたような気分になったものだった。今は墓地で招かざる人間に会ってしまうほうが怖くなってしまったが、天王寺公園の大きな銀杏の木も、今はなき高い塀に囲まれた大きな墓所も、不思議なかたちの墓石も、ロシア正教の八端十字架もちっとも怖くなかった。ちなみに一番古い夢の記憶は、燃えるような夕焼けのなかで芋坂の陸橋の上から京成電車を見ている自分と祖母のシルエットを後ろから見ている、というものだった。

今でも谷中の墓地に入ると、あの夢の風景を思い出して異世界に足を踏み入れたような気分になる。