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memento mori

実習中になぜかざわっとした気持ちになって
こそっとネットニュースを見たら
ロンドンの同時多発テロのニュースがトップに出ていた。
原理主義かもしれないしIRAかもしれないし、よくわからないが
思想に巻き込まれて亡くなった人の遺族を思うと泣けてくる。
死んだ人の生はそこで終わるが、死はそこから始まるからだ。
死は残された人々が作り上げていく現象だから果てが見えない。
ましてテロは「殺人」だ。
遺族は自分も死んだほうが楽なんじゃ…と思うくらい
辛く悲しくても、テロリストという化物と
一生向き合って生きていかなくてはいけないのか。
負の力が連鎖しないことを祈る。
たとえ殺されなくても災害や事故や病気で
あっけなく死ぬ可能性は誰もが同じだけ持っている。
「生きるということは目を瞑って地雷原を駆け抜けるようなものだ」(有栖川有栖)
Requiescant in pace

memento mori” への1件のフィードバック

  1. 僕も昨日ニュースを見て、怒りと悲しみがこみ上げました。アルカイダが本当に真犯人かまだ分かりませんが、こうしてまた戦いのプロじゃない一般人を多く殺して何のメリットがあるのでしょうか。
     まいさんのいう通りこれ以上負の連鎖が起きるのはやめて欲しいですね。人間は誰もがひどい事されたら、そいつを恨んだり、憎んだりします。でも、本当に強い人間はその負の力を押さえられる人だと思うんです。僕がもしイラク人だとします。アメリカやイギリスのやってきた事を許せるかというと多分許せないでしょう.肉親とかを殺されたら?多分殺した兵士がいたらそいつは殺すかもしれません。(この意見もテロと同じだと自分でもわかっています)
    でも、だからといってアメリカやイギリスにテロを仕掛ける人間には絶対になりたくない。戦争やテロがどれだけ馬鹿げているのかを僕たちはもっといろんな形で伝えないといけませんね。
      

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