我が家には少し豪華すぎる美しい薔薇。
砂漠の薔薇という名前とのこと。
名前とはうらはらに、青くて華やかな香りがする。
198さんに感謝。
今日は中高時代のおともだちと。
みわちゃんのお家にお呼ばれして
びっくりするくらい美味しい手料理をふるまっていただき
あすかちゃんからは可愛いケーキ(あやこ&まいのプレート付き)をいただき
4月生まれのあやことわたしは祝福され
各自持ち寄った酒と惣菜をたいらげつつ話に花を咲かせたのであった。
なんだか本当に嬉しかったなあ。
学生時代の話になると記憶の薄らぎにびっくりするが
どうでもいいことは覚えていたりして不思議だ。
女子高ならではの痛い話は何年たっても可笑しい。
中高時代からずうっと付かず離れず付き合いがあると
そのポイントポイントで話題になることが「その年(歳)ならでは」なことに気づく。
恋愛、家族、仕事、健康、冠婚葬祭もろもろ
「学生時代はこんなこと思いもよらなかったのにねえ」なんて笑ったりして。
わたしたちは否応なく歳を重ねて、幸せと不幸せの間を
行ったり来たりしながら生きているなあ、と
この面子で会うとしみじみ感じるのだ。
ロジャー・ドナルドソン監督『世界最速のインディアン』
1000cc以下のオートバイの地上最速記録保持者バート・マンローの実話に基づいた映画とのこと。
誰も死なず、殺されず、悲しい思いもせず、いい人ばかり出てきて
最後もほんとにハッピーエンドで気持ちのよい映画であった。
アンソニー・ホプキンス爺が、どこに行っても老若男女から愛されまくるのがおかしい。
先日、英会話の先生にウェルシュ語を教えてもらったのだが
「そういえばウェールズって有名人はいるのかな」と思って調べたら
ホプキンスはウェールズ出身であった。
この映画ではものすごいニュージーランド訛で話してるが
ホプキンスがウェルシュ語を喋ったら迫力ありそう。魔法使えそう。
アレハンドロ・ゴンザレス・イニャリトゥ監督『BIUTIFUL』
「オススメ。だけど逆にきみにしかオススメできない。」と言われたので
そこまで言うならと思って観てみたら久々に消化不良をおこして眠れなくなるほどの
スーパーヘヴィ級の映画だった。
観た後のどんより具合と言ったらテオ・アンゲロプロスの『ユリシーズの瞳』、
レオス・カラックスの『ポーラX』あたりと肩を並べるんじゃないだろうか。
泣けもしないし、笑えもしない。
予告編だけ見ると、やさぐれた生活をしている余命2ヶ月の男が家族の愛を取り戻す的な話に見えるが、
まったくそんなんじゃないから。闇:光=99:1くらいの映画だから。
以下ネタバレです。
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エミール・クストリツァ監督 『SUPER 8』。
(同名のアメリカ映画があるが無関係)
監督自身がEmir Kustorica and No Smoking Orchestraというバンドをやっているのだが
その欧州ツアーのドキュメンタリーとメンバーの紹介映像が交互に流れていく。
映画ではパルムドールとってるけど、ここに出てくるクストリツァは
うす汚いギタリストのおっさんかつ、ドラマーのお父さんだ。
(結構うざい親父で、息子に邪険にされてるのが可愛いw)
最後に流れる’Unza Unza Time’のPVにつながる暗く美しい短いメンバー紹介映像が
熱狂のライブ映像のあいまに静かに挟まれていく。
とくに最後、戦争で国連軍に落とされた橋が沈む運河で
ボートに乗ってアコーディオンを弾く男の画は幻想的だった。
しかしメンバーが個性的すぎてかなりおかしい。
(もと軍人、軍楽隊、葬式で演奏する人、パラノイア、聞いたこともない小国出身の人などなど。)
ものすごく良かったのでDVDを買おうとしたら
ずっと廃盤になっていた「アンダーグラウンド」がBluerayで再発されることがわかって
思わず声が出てしまった。これは買う。絶対に買う。
水曜は友人に誘われて花見、のはずが雨が降ってしまったのだった。
まあいずれ止むかもしれないし、ということで
行列のできる回転寿司屋へ。およそ2、30分の待ち時間は
マシンガントークであっという間に過ぎ、座ってからも
しゃべりつつもしっかり寿司を8皿平らげ、締めに甘味までいただいて満腹。
ネタもものすごく新鮮でボリュームもあり、しかも会計は1200円ほどであった。
安い。安すぎる。酒を頼まなかったからだとは思うが
なぜか寿司って酒があまり進まないのは、すでにご飯を一緒に食べているからだろうか。
さあ雨は上がったかしらと思って外に出るといっそうの雨で
あきらめて居酒屋へ。
今日は花見は無理だったね、と23時すぎに店を出るとまさかの雨上がりで
誰もいない目黒川沿いを中目黒までゆるり散歩できたのであった。
TwitterやFacebookをやりはじめると、友人知人同僚家族その他の近況が
手に取るようにわかるわけだが、
この時期、日曜日に、桜が満開で、しかも驚くような快晴にも関わらず
「今日はどこにも行かなかった」的な書き込みを見て衝撃を受けたのだった。
上野界隈で30数年生きていると、人生において
「桜が咲いているのに谷中に行かない」という選択肢は、まず、ない。
(上野はものすごい人出なので、避ける人もいるとは思うが)
そんなわけで、わたしはこの年になるまで
「桜が満開であれば日本人は全員外に出て桜を愛でる」ものだと信じていた。
桜が呼び起こすさまざまな感傷は置いておいたとしても。
そんなわけで、今日もFacebookで人生の多様性について学んだのであった。