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グルジアの写真をギャラリーにアップしました。

コーカサスのなかで一番好きな町だった。
いろいろな文化が混ざっていて、素朴で、おおらかで、でも繊細。

教会には聖歌の声が満ちていて
人々は信仰心が厚く、イコンに触れたり接吻をしたりしながら祈っている。

世界に、まだこんな国があるんだ、と思うような
不思議なところだった。


Moscow, 2010

アルメニアからの帰国便、モスクワで10時間のトランジットがあるという。
空港でじっとしているのもつまらないので、自力でロシアのトランジットビザを取得し、
街に出てみることにした。

コーカサスですっかり田舎を満喫したわたしの体には都会すぎるモスクワ。
全世界の人がいつかロシア語を話すだろうと思っているロシア。
英語がまったく通じない。

まず空港からアエロエキスプレスで市内に移動するところまではすべて二ヶ国語表示で順調だったのだが
そこから地下鉄に乗り換えるのに一苦労した。
3メートルおきに道を尋ねる。
みなさん、とっても丁寧に親切に教えてくれるのだが全てロシア語なのだった。
「ダー」と「ニェート」と「スパシーボ!」だけで乗り切り、なんとか赤の広場まで到達。
時間もないのでクレムリンは諦め、ワシリー聖堂、カザン聖堂などを見る。
イコンもきんきらりんで豪華!さすが首都!!

ボリショイ劇場のほうへ歩き カメルゲルスキー横丁でお昼を食べる。
これも英語メニューがなく大苦戦する。
なんとかビュフェスタイルのレストランに滑りこむ。

ものすごい通り雨。
連日の猛暑と山火事で、スモッグが懸念されていたが、通り雨ですっかり空気はきれいになっていた。

Moscow, 2010

Sergei Parajanov Museum

フランス文学概論の、たしか第1回目の講義だったように思う。
西谷修氏は突然にイコンの話をはじめ、パラジャーノフの「ざくろの色」を紹介した。

当時、こむずかしい映画など見たこともなかった私は
この映画に心酔した。

シュルレアリスムを体系的に知る前だったので
彼がシュルレアリスムの作家に分類されることも知らなかった。

10年以上過ぎ、念願のアルメニアを訪れた。
「ざくろの色」の撮影場所だったサナヒン修道院、ハフバット修道院にも行くことができた。
アルメニアに行くと、教会、土産物屋、そこかしこで柘榴のオブジェが売られている。
木彫りのそれは、塗料のせいで妙にぬらぬらと光っていて
割れ目からのぞく実はグロテスクですらある。
そんな柘榴がアルメニアのシンボルなのだという。
そうか、だから「ざくろの色」なのか。

そして、彼が終の住処に、と選んだ場所に建つ
瀟洒な館で、彼の作品を見た。

Sergei Parajanov Museum

Armenia

9時にグルジアを発ち、およそ1時間20分でグルジアとの国境へ車で向かう。

国境近くはロシア語を併記している看板が多い。
国境の手前で車を降り、高速の料金所のようなところを歩いて通る。
イミグレは5分ほど。 細い川を渡り、今度はアルメニアの料金所のようなところで査証を取得。(30ドルくらい)
並ばない人々に苦戦しつつも、窓口にパスポートをねじこみ取得。

アゼルバイジャンとトルコとは長きに渡る紛争のため国境は閉鎖しているわりに、こちらの国境はずいぶんとゆるい。
ガイドのKristinaが迎えに来てくれた。 アルメニアはグルジアとちがって親ロシアという印象。
旧ソ連のモニュメントも遺っているし、アルメニア人は母国語と同じくらいのレベルでロシア語が話せる。
グルジア人は昨今、ロシア語教育をやめて、第2外国語を英語にしているので
グルジアでガイドしてくれたNaziはロシア語はまったくしゃべれない。

国境付近で身柄引き渡し(?)のとき、KristinaとNaziが携帯で連絡をとりあってくれたのだが
Naziが「すいません、ロシア語わかりません!」と言っていたのが印象的だった。
KristinaはNaziがロシア語が話せて当然とばかりに、いきなりロシア語で話しかけたのだろう。

途中、ハフバット修道院・サナヒン修道院という廃墟をめぐり、
(ここはパラジャーノフの「ざくろの色」が撮影された場所だ)
セヴァン湖で休憩し、3時間あまりで世界最古の都市のひとつ・エレヴァンへ到着した。

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