solution


たいていの面倒ごとは
諦めることと、放っておくということで解決できる気がしてきた。
そもそも時間が経てばたいていのことは忘れてしまうものだ。
まず、自分のこととして考えないというのが重要で
その次に、必ず自分ではない誰かが解決してくれる、というのを
信じることが肝要だ。
そんなこんなでブレイクスルーがあってすっきりし
年度末進行も一段落したので
来週は休みを取って自分へのご褒美で贅沢してこようと思う。
泊まりたいホテルがあるのだ。
予約できるといいな。

Mehr Licht!


今日は早くあがって、k隊員とアキバでご飯。
k隊員はフリーランスのSEで、某大手メーカーに常駐しているのだが
周りのみんながお客さんという立場で働いている。
どうもわたしは人材サービスの部署にいた経験から
常駐=辛く厳しいもの、という印象がぬぐえないのだが
「近くにいるお客さんが喜んでくれるから仕事のやり甲斐がある」
という話をきいて、ああなるほどなあ、いいなあ、と思った。
常駐ってのも悪くないんだな。
まして、そのプロジェクトがいい人ばかりならなおさらだ。
私は本当に今まで人に恵まれてきたけれど
どうも開発という仕事で社内にお籠もりしていると、
直接のクライアントと話す機会が減るので、
目先のタスクだけに捕らわれて
「自分は何をして相手をよろこばせているのか」ということが
だんだん霞んでくる。
身内のくだらない不満にばかり目がいってしまうのだよなあ。
それの感覚を忘れるのがいやで
個人の小さなウェブサイトの制作を手伝うのが好きなのかもしれない。
なんか、これからどうしたい、というキャリアプランに
一条の方向性が見えたお話だったよ。
k隊員ありがとう。(告知通り日記に載せてみたw)
いつも思うのだが、フリーランスの人と話ていると励まされる。
きっと会社員よりも何倍も面倒くさいし保障もないけれど
そのぶん仕事に対して哲学があって真摯なのだ。
わたしも、自分の中の、たった6ヶ月のフリーランス経験が
(ベテランに言わせたらままごとのようなものであったかもしれないが)
今の耐久力とか適応力の下地になっているような気はする。
働いてお金をもらうっていうのはえらいことだ、ということに
宮仕えだとなかなか気づけないものなのよね。

spring no.1


春の嵐。
春一番なのだそうだ。
春一番っていうのをタイトルにしようと思ったのだが
暴走気味の脳内翻訳機が「Spring No.1」と言っている。
そんなわけない。
売れないロックバンドみたいだ。
滅多に雨の降らない冬の東京で、ひさびさの雨。
風も強い。
いつもこのくらいの時期であったか、ずいぶん早いような気がする。
寒さが一気に緩み、忘れていた春の暖かさを少し思い出す。
冬は写真の枚数が少なくなるのは
道々、咲く花を撮る機会が減るせいだ。
そう思って去年の写真を見ると、10日~11日で伊豆を訪れていて
海の近くに一面に咲く水仙を見たのだった。
もう終わりかけだったけれど。凛とした香りがよかった。
町にはもう、木瓜や梅も咲き始めている。
そろそろカメラを持って歩こう。
とりあえず、ベトナムの植物園で撮った謎の花。

poison


免税店でつい香水を買ってしまう人。
職場にも食事の予定があるときにも付けないのでほとんど使う機会もないのだが
瓶もコンセプトも美しいので、ついつい買ってしまうのだ。
ついつい。
とはいえ、使わないで揮発していくのも勿体無いので
いくつか友人にあげる約束をして色々見繕っていたのだが
やはり、実際好きな香りというのと別に
手元に置いておきたい香水、というのがある。
Diorの「Hypnotique Poison」なんて、
すんごいムスクの強い香りで全然好きじゃないし
瓶もトマトみたいなんだが、名前だけで手元に置きたくなってしまうのであった。
と思っていたら、もう国内で販売がないらしい。
おららー。
HUGO BOSSの「DEEP RED」も、いつかこれが似合う女に・・・!と
思いつつ三十路を迎え今日に至る。
L’eau d’isseyは、質的にもトレンド的にも
あまりにも古くなってしまったので封印したが
KENZO「l’eau par KENZO」、GIVENCY「oblique」,、Georgio Armaniの「Aqua di gio」あたりは
ひとまとめにして好きな”青くさい系”で、使いやすい。
ルカ・トゥリン&タニア・サンチェス 『世界香水ガイド』 (原書房)
「l’eau par KENZO」を評してひとこと
「ス イ カ の に お い 。」
とだけ形容されていて笑った。
いいんだよ、あたしゃスイカ系が好きなんだ。
最近はDIESELのが気になってる。
あと、ベタだけどCHANEL。
これはやはり最強。

J’espere


勉強、受験、就職活動、仕事、結婚、出産、介護etc
自分の意志とは無関係に決断せねばならないことに対して
逃げ続けた人と、とりあえず我慢して乗り切った人というのは
決定的に差が出てしまうものなのだと思う。
受験も推薦で乗り切り、ろくに就職活動もせずコネで入社して
なんとか5年勤めたが、なんとなく社風と合わずに
面倒くさいから辞めて半年ぶらぶら専門学校に行き
そこで紹介されたバイト先でなんとなく社員になった
自分を改めて振り返って、そう思う。
(↑こうやって書くと、ほんと勝負してない人生だ。)
「決める」ことに対して臆病で、自分の損得がかかっていることさえ
できることなら他人に決めてほしいと願ってしまう。

voyage | 3D-LUNA


本館のほうに写真UPしましたー。
日記では使ってない写真も結構入れたので
よかったらご覧くださいませ。
ベトナム~カンボジアと一気にまわった旅なんですが
雰囲気が全然違うので別々のギャラリーにしてみました。
ベトナム
http://3d-luna.com/voyage/vietnam/index.html
カンボジア
http://3d-luna.com/voyage/cambodia/index.html
今回もデジタル一眼です。
自分ではやはりフィルムと全然ちがう!ってかんじですが
皆さんの印象派いかがなもんでしょう。

Ho Chi Minh City 4 – Siem Riap

べトナム~カンボジア4日目
2008年12月30日
朝、サイゴン大聖堂へ。
19世紀のフランス統治時代に作られたゴシック建築なのだが
なかに入ってみると、漢字やベトナム語のプレートが壁にかかっていて
アジアのキリスト教会というかんじ。長崎とかんじが似ていた。
マリア様は青いネオンに彩られていてなんともサイバーパンクなかんじに・・・
このへんもアジア。


その後、市立博物館へ。
どうも今のホーチミンでは、コロニアル建築で記念写真を撮るのが
はやっているらしく、街中に新婚さんたちがうろうろしている。
市立博物館も人気写真スポットらしく3組くらいが
こってりとポーズを決めて撮影していた。

なんかチャラい茶髪ロン毛のカメラマンが
「イイよイイよ~キてるよキてるよ~」と言いながら撮影してた。
新郎新婦もばっちりカメラ目線でノリノリだ。さすが。
でも新郎は中井貴一にそっくりだった。(「でも」ってひどくないか?)
展示はお世辞にも充実しているとはいえないが、
ひなびたコロニアル建築は味わい深くて個人的には大満足。
展示の密度がいまいち低いかんじがするのは、戦争博物館や歴史博物館が
点在していて、展示品がばらけてしまっているせいだろう。
昼はドンコイから少し入った路地にあるおしゃれなカフェで。
なんか青山にありそうだなーと思っていたら、ORIGINAL LOVEの曲が
かかったのでびっくりした。田島貴男って音楽はともかく(失礼)
この人のキャラは「ほぼ日」の「俺のニュース」でかなり好きになったんだよな。
タイムリー。
http://www.1101.com/original_love/2008-12-17.html
練乳入りのアイスベトナムコーヒーの「カフェスダァ」とチキンカレーを。
カレーはココナッツで煮たレッドカレーで、
タイカレーほど辛くなく食べやすい。
チキンも豪快にごろごろ入っていた。
それから車で空港へ向かいカンボジアへ移動。
1時間のフライトであっという間に着いた。
タラップを降りると、だだっぴろい滑走路に、
椰子にかこまれたオレンジの屋根の空港施設がある。
国際空港だが、パリのCDGみたいに
「撮影をするとフランスの法律により罰せられることがあります」とか言われるわけもなく
ものものしさ皆無。なんとものんびりした雰囲気であった。
バスでパシフィックホテルへいき夕食。
カンボジアの料理は和食と中華料理のあいだみたいなかんじで
まったく辛くなく、だしが効いていて、甘い味付け。
かつおだしとみりんで調味する和食にも通じるところがある。
ホテルの人がみんなにこにこしていていいかんじであった。
どことなく、はにかみやさんでほのぼのしている。
ガイドのマリさんも日本語勉強中とかで、たどたどしいけど
きちんとした丁寧な日本語を話そうと一生懸命で可愛い。

オドレィ・トトゥみたいな可愛い子が
ホテルのロビーで木琴のような伝統楽器を弾いていた。
レストランのマネージャーに「こんにちは(チュムリアップ・スォ)」と
「ありがとう(オークン)」というクメール語を教えてもらった。
クメール語は、中国語の影響を強く受けているベトナム語とは
まったく違った印象。難しい声調もないようで、とりあえず発音すれば通じる。
ただし、文字はクメール文字なのでまったく読めず・・・
投宿したのは「サリナ・ホテル」という、こぢんまりとしたリゾートホテル。
ポーターもレセプションの人も日本語で挨拶してきたりして、
にこにこしていた。なんか沖縄に雰囲気が似ている気がする。
(ポーターのおっさんは相当面白い人だということが後日発覚。)

Ho Chi Minh City 3

2008年1月29日
ベトナム3日目。
まずタクシーで動植物園へ。
ホテルのドアマンに「タクシー1台、呼んでもらえますか」とお願いしたら
そのへんの乗用車に乗ってるおじさんに「3ドルで。」と話をつけていた。
それタクシーじゃねーし!と思ったが
ちゃんと3ドルで目的地まで連れて行ってもらったのでよしとする。
ところでなんだったんだろう、あの人は。
ベトナムの動植物園は、戦前は東南アジアでも屈指の美しい場所として有名だったらしいが
今となっては、なかなかうらさびれたかんじがよい。
見たことのない植物や、蝶が集まってくる庭園など不思議な空間がある。
意外に動物もいて、人懐こいぞうさんが人気だった。
客が餌をやるようで、人間にはフレンドリー。
手をのばすと、ぞうさんも鼻をのばしてご挨拶してくる。
でも餌はないの。ごめん。



なぜか続々と蝶が集まってくる不思議なパティオ。
爬虫類館でなかなか餌を食べないイグアナをいじいじしながら待っていたのだが
さあ、食べるか?!というところで、イグアナが餌を乗り越えて
tram氏のところまでやってきて、ガラス越しにtram氏のことを
じっとみつめていた・・・困惑するtram氏。ウケた。

陳情。
徒歩で大聖堂まで。
中央郵便局で葉書を出した。
ホテルの近くの「レモングラス」という老舗レストランでランチ。
定食で8ドルで前菜、副菜、主菜とごはんがつく。
ちょうどビジネス街のランチくらいの価格。
「Orchid」という、かわいい服屋でシルクのキャミを購入。
店員さんは日本語を勉強中とかで、一生懸命、単語を聞いてきたので、
元アパレルとして使命感に燃え、A4の紙に採寸用語を図解で説明してきた。
かわりにベトナム語の発音指導をうけた。
ベトナム語は中国語の影響を受けているので6種類くらいの声調がある。
(同じ「アー」でも、あがったり、さがったり、さがってあがったり。)
フランス統治時代にローマ字表記になってしまったが、もともとは漢字を
使っていた国なのだ。よくみると、文字も中国語のピンイン(発音記号)のようだし
声に出してみると、日本語と似ている単語もある。
おねえさんの、熱心な指導により、おかげさまで、
「こんにちは(シンチャオ)」「さよなら(タァンビエッ)」「ありがとう(カームォンチ)」を
完璧に言えるようになった。
部屋でひとやすみしたあと午後はグエンフエ通り、パスター通り、レロイ通り周辺へとでかける。
国営デパート「トゥオンサー・タックス」の2階にあるスーパーでお土産を買う。
なぜか、スーパーに入るときは手荷物をクロークにあずけなければならない。
万引き防止でしょうかね。
ここでバラマキ系のお土産、蓮茶など購入。
ついでに、スーパーでサニタリー用品を買ってみたのだが、これがなぜか
ものすごく カ レ ー の に お い がするのだった。
近くに食品があるわけでもないのだが、なぜ・・・!
デパートを出るとすぐまたスコールに逢う。
ホーチミンは、毎日午後2時~4時のあいだにざっとスコールがやってくるのだ。
バイカーの人たちは心得たもので、常備しているカッパを着て、
後ろの人は二人羽織状態で、前の人のカッパを頭からかぶって乗る。

日本で言ったらスタバとかセガフレードみたいなかんじのカフェで雨宿りをする。
トラム氏のたのんだベトナム珈琲がおいしかった。
雨があがったので、レロイ、パスター通りの雑貨屋へ。
I氏に蓮グッズ(箸置、お猪口、お皿、クッションカバーなど)、
友人の快気祝いにバッチャン焼、同僚のデザイン好きな人に
プロパガンダ系ポストカードなど購入。
サイゴンタワーというビルは日本で言うとミッドタウンとかヒルズのようなものなのだろう。
輸入ものの家具や、センスのよい文房具など揃えていたが
現地の人は目の保養、といったかんじで、みんな買わずにスルー。
どこも一緒だな。
どちらかというと、ドンコイ通りの観光客向けの雑貨屋のほうが
かわいらしい品ぞろえて親しみがある。
1階はアパレル、中2階は雑貨、3階は焼き物をそろえた
かわいい雑貨屋「kito」の窓からドンコイ通りを臨む。

ホテルに戻るとアオザイが届いていた。
我ながら、これを着るとどうみてもベトナム人にしかみえない。
(そのうち写真UPします・・・)
b様が買った(喜喜)をかたどった水牛の角のピアスをすると完璧だった。
夜は近くの中華料理屋でディナー。
なんかベトナムで中華料理を食べるのももったいない気がして
わたしは越南料理(ベトナム料理)を頼んだ。
蓮の茎のサラダ、越南風お好み焼きを食べる。
おいしゅうございました。

Ho Chi Minh City 2

12月28日
ベトナム2日目
■アオザイを作る。
午前中はタクシーでアオザイ屋へ。
ガイドブックに載っていたのだが、一日で仕上げてくれるというので行ってみた。
入るとお姉さんがべったりついてこってり接客してくれる。
生地を選ぶのだが、シルク100だとハリが強すぎて落ち感がないし
刺繍は派手な金糸で孔雀とか花とかキャバクラのおねえさんみたいなのばかりなので、
薄いブルーのシャンブレーで、菊の織柄が入っているものにした。
「じゃあこれにします」と言った瞬間ふたりがかりでサクサクと採寸され
パンツの色を選び、衿先をパイピング始末にするか、とか
パンツのウエストの始末をどうするかとかを決め(2分くらいで)終了。
アオザイは、ちょうどスリットがウェストの上5cmくらいのところから入っていて
ちょっと腕をあげると、三角形に素肌(絶対領域・・・)が見えてしまうのだ。
ここに腹の肉が乗ってるとかっこ悪いので「もうちょっとスリットを低くできる?」と聞いたら
「それはきれいではありません!」と却下された。痩せろということか。

フルオーダーで作って60ドル。円高のため、ものすごく安くかんじるが
現地の価格で言ったらやはり高いんだろうな。
シルクは50%と書いてあるが、さあどうだか。
(別にレーヨン100でもいいんだけど)
また取りにいかなくてはならないかと思いきや
ホテルに届けてくれるという。
しかも、帰りはビェンタィン市場までタクシーを出してくれた。
■ビェンタィン市場。
ここは巨大なアメ横といったかんじ。
(正確に言うと、アメ横センタービルの地下1階食品売り場を巨大にしたかんじ)
とにかく、値引き交渉がめんどくさい。
売り場のお姉さんもタフなネゴシエーションをしてくる。
一番すごいのは食品売場。
塩辛みたいなのが剥き出しで皿に盛られていて緊張感はいっそう増す。
精肉売場も、おばさんがバシバシ肉をさばいていて迫力がある。


ビェンタィンから道を聞きながら徒歩で中央郵便局へ。
どうも、ベトナムの人というのは、とりあえずの道しか教えてくれない。
日本だと、まっすぐ行って、2本目で右にまがって・・・とか言うじゃないですか。
ベトナムの人は「とりあえずこの道をまっすぐ!」というかんじで
教えてくれる人がほとんど。まあ、また聞けばいいんだけどさ。
■中央郵便局。
ここもコロニアル建築で有名な場所。
特に床のモザイクがかわいい。
郵便局なのに、中央には巨大なクリスマスツリーが飾られており
左右にはお土産屋さんが。
どんつきにはホーチミンの肖像画。

ドンコイ通りを南下してホテルに戻り休憩。
b様をおいてtram氏と「フォー24」というチェーン店でランチ。
フォーと揚げ春巻きと飲み物のセットなんかもあるし
店もポップで清潔なかんじだったので女性のお客さんが多かったのも納得。
午後は雑貨屋をみながらドンコイ通りをサイゴン川のほうへ。
ここには裏原宿にあるような、間口の小さい雑貨屋と
比較的規模の大きいコンランショップのようなモダンな店が
軒を連ねている。
一番通りの端にあった骨董屋があまりに混沌としていて面白かった。
仏教からヒンズー教、キリスト教のあやしげな絵や彫像が
ぎっちりと並んでいて、照明は暗く、古着屋のにおいがする。

あと面白かったのは、ベトナム戦争時代のプロパガンダポスター。
さすが社会主義だけあって、ロシアのものに似ているといえば
似ている・・・のだが、どこかマヌケというか素朴というか味わい深い。
蓮の花と銃を持った女性のポスターが素敵だったので
I氏のお土産に買った。

サイゴン川のほとりにくるも、ぽつぽつと雨が降り出して
早々に引き上げる。
これもメコン川につながっているのだろう。
川幅は隅田川くらいか。川の色は茶色で、東南アジアの河といったかんじ。
対岸へ渡るフェリーにバイクがそのまままがんがん乗り込んでいた。

カフェでひとやすみして、夕飯は路地裏にあるフエ地方の料理を。
洗練されたインテリアで味もとても良かった。
日本人が配っていたチラシを見て行ったせいか
まわりは日本のお客さんばかりであったが。
帰り、なぜか街に国旗を持った人たちが出て大騒ぎ。
夕飯に行くみちすがら、みんなテレビに釘付けになっているなーと思っていたが、
ホテルの人に聞いてみたところ、どうやらサッカーで宿敵タイに勝ったとか。
サッカーが盛んなわりには弱くて、まさに悲願の優勝だったようだ。
国旗を持った若者が市民劇場前に集まってるわ、バイクも暴走しとるわ
道でみんな奇声をあげているわ、まるで族の集会みたいだった。
とりあえず、わたしも「イエーイ!」と言っておいたらレスポンスが良かった。


今回のベストショット。
しかし、ホテルが通に面しているせいで、夜中まですげーうるさかった。
落ち着けよ。

Tokyo-Ho Chi Minh City

2008年12月27日
日本からベトナム航空で約6時間。
スチュワーデスさんがみんなアオザイでかわいい。
なぜか機内食に人形焼が出た・・・
日本とベトナムの時差は2時間なので、全然辛くない。
やっぱり近いなー。
ホーチミン空港からホテルまでガイドさんがアテンド。
ガイドさんの名前はムアさんで、雨降りという意味らしい。
空港内のトイレでVOWネタ。(できたばっかりの新しい空港なのに・・・)

「入れて下さり。」ってのがかわいいじゃないか。
バスの中からはおびただしい数のバイクが
ばんばん走っているのが見える。
意外にも、ヘルメット着用が2007年12月から義務付けられたとのことで
着用率は100%。あの笠をかぶって乗ってる人はもう見られない。

上級者。
投宿したのは市内のほぼ中心にあるドンコイ通りからちょっと入ったところにある
サイゴンホテル。
中級(二つ星くらいか)で古いが、清潔でまあまあだ。
ファイブスタークラブという旅行会社は何度か使っているのだが
いつもホテルのアップグレードをするのに今回は年末進行にかまけて
忘れていた。くやしい。
というか、目の前にあるシェラトンがまぶしいぜ・・・
夜、街に出る。
ドンコイ通りは欧州ブランドと地元の店が軒をつらねていて銀座のようなかんじ。
通りはLEDでライトアップされていて、素朴だけど南国らしくていい。
ただしすごいバイクの数でにもかかわらず、信号がほとんどないので
道路を横断するのに難儀する。
とりあえず、バイカーたちを睨み付けつつ、アイコンタクトで間合いをとるのだ。
人が一歩踏み出すと減速してくれるローマとは違い
もうちょっと強気でいかないと。(大阪の高速で合流する時のような勝負感。)
コツを掴むとなんてことないのだが。

人民委員会庁舎、サイゴン教会、市民劇場などコロニアル建築が
ライトアップされていて綺麗。
特にフランス統治時代の名建築・人民委員会庁舎は威風堂々といったかんじだ。

夕食は「ベトナムハウス」というレストランで。
どうもブッシュ大統領も訪れた店らしいのだが
そのわりにはお安いし、店内も派手ではない。
おいしゅうございました。

la cuiseine du vietnam


朝まで飲んでたせいで、寝て起きたら夕方。
猛省・・・・・・。
I氏にバイクで送ってもらい、ゐさんとKさんと本郷三丁目のベトナム料理屋へ。
生春巻きとか、えび入り餅とか、フォーとか
だしがきっちりきいた優しい味のエスニック料理を食べる。
秋だといっても日中は30度を越す気温だと
まだまだアジア料理が美味しく感じられる。
(冬はちょっと身体が冷えるかもしれない。)
それから金魚坂をひやかして
春日通をだらだらと歩きながら上野まで。
居酒屋で薄い酒をちびちび飲んで解散。
たまにはこういうさっぱりした飲み会もいいなー。