Iran : Esfahan 1

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ヤズドから3時間強、だんだんと緑が増え、中央分離帯に薔薇の花が見え始めると
「イランの真珠」と呼ばれる古都・エスファハンの街である。
(ちなみにドブロヴニクはアドリア海の真珠で、キューバはカリブ海の真珠だが
エスファハンは、むちゃくちゃ内陸に位置している。念のため。)
サッカーチームの男子たち。
車窓からカメラを向けたら大騒ぎ。
お前ら、かわいいなー!

エスファハンは7世紀ごろから人が集まり、16世紀のサファヴィー朝の首都になる。
今でもイラン第2の都市だ。
ガイドのガンバリさん曰く、
「エスファハンの人は大阪人に似ています。しゃべるアクセントも違うし、
冗談を言って人を笑わせるのが好き。」
だそうで。
しゃべりかたも、どことなくゆっくりしているらしい。
そのへんは大阪というより京都か?古都だし。
荷物をピールージホテルに置いて、まずはランチ。
延々と並木道が続くチャハールバーゲ(四つの庭園)通りは
ザーヤンデ川をはさんで上チャハールバーゲと下チャハールバーゲに分けられるほど長く
エスファハンの街を東西に二分している。
道沿いにはブティックやジューススタンド、ファーストフード店が並ぶが
もちろんマクドナルドやスタバや外資系ブランドは1軒もないあたりは
銀座や表参道というより浅草に近い。
マネキンもこんなイケてるし。

ジューススタンド。
ニンジンジュースも人気があるようで、軒先でオヤジがニンジンの皮を剥いているのを
よく見かけた。

ランチはイランや外国人問わず観光客に大人気の「シャフルザード」へ。
団体客も入れる、いわば「精養軒」みたいなレストランだ。
オープンして30年以上の老舗で、中はごってりとした装飾が
いかにも昭和臭ただようかんじでGood。
名物のフェッセンジャン(鶏肉を胡桃の油と甘いソースで煮たもの)をいただいた。
ランチの後は、腹ごなしに散歩。
イラン航空でリコンファームしてもらった後、ガンバリさん旧知の
絨毯屋さんで、いろいろな絨毯を出してもらう。
買う気もなく、b様が検討しているあいだ、店の兄ちゃんと
「指さし会話帳」を見ながらお喋りしていた。
イランの人から見ても、とてもいい本だと言っていた。
(英語圏以外を旅慣れている人には周知だが、この本、ほんとに使えます。)
しかも、兄ちゃん、六本木の「パース」のご主人とトモダチらしい。
仕事でミッドタウンに通ってたときは、よく前を通ったわ~。世界は狭い!
なんとか買わずに逃げ出し、公園をぶらぶら通ってホテルへ。

途中、大きな公園を通ったのだが、緑が濃くて美しい。
イランというとヤズドのような皪漠ばかりかと思っていたのだが
テヘランといい、エスファハンといい、東京よりも緑が多いのではないかと思う。
(それを打ち消すほどの排気ガスなのだが・・・)

並木道にベンチとともに置かれた健康器具。
使い方と効果がいまいち不明であったが。

Iran : Yazd – Esfahan

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2009年5月4日
ヤズド市内観光。
■広場
人も少なく、がらんとした広場で一番目立つのは
昔モスクとして使われていたアミール・チャグマーグのタキーイェ。

タキーイェというのは宮殿やモスクやバザールなどの集合体で
15世紀頃に建てられたものだという。
宮殿の前には、おおきな桃のようなかたちの御輿が。
御輿といっても骨組みだけで、祭の当日はこれに様々な飾りをつけるそうだ。

交差点のむこうには、ぽっかりと黒く口をあけたバザールが見えるのだが
残念ながら行く時間はなさそうだ。
「バザールはエスファハンで行きますよ」とガイドのガンバリさんには言われたけど
バザールならどこのバザールだって見たいのだ。
アルミ屋さん

■マスジェデ・ジャーミ
ジャーミーというとトルコ語では「大寺院・大聖堂」をさすのだが
ペルシャ語では寺院を表すのは「マスジェデ」で、「ジャーミ」は集まるという意味らしい。
中はひんやりとしていて、人の気配はない。
メヘラブ(メッカの方向を示す祭壇)の前では、珍しく女性がお祈りしていた。

モザイクタイルで埋め尽くされた壁には古い置き時計が置かれていたり。
いろいろな時代の煉瓦が見られるのだが、なかでもモンゴル時代のものが
変わったデザインであった。無数の眼にも見える。

さて、これから300kmほど北に移動して、古都・エスファハンへ。
わたしたちが、ヤズド名所を見ているあいだ、デボゾルギさんは
名物の「ゴッタプ」をお土産に買って、わたしたちにも味見させてくれた。
豆を練ったような、むにっとした食感で、甘く煮た生姜の味がする。
粉砂糖がまぶしてあって、どこか懐かしい味。
たぶん和菓子で似たものがあるはずだ。紅茶とよく合う。
長距離運転に備えて、デボゾルギさんは道ばたのサモワールでお湯を調達。
サモワールを置いていた雑貨店の軒先に売られて(?)いたロバのぬいぐるみ。
マヌケ時空が発生しております。

およそ300kmの移動だが、「3時間くらいで着きます。」とのこと。
アベレージは100km/hですか・・・
ほとんど砂漠や礫漠のような風景を見ながらドライブ。
途中、警官に止められたが、とりあえずセーフだったらしい。
高速は道もよく、車も少ないが平日は混んでいるのだそうだ。
それに、トラックは併走する旧道を通らねばならないらしい。
途中、砂漠のまんなかで車がいきなり止まったので、なんだろうと思ったら
犬が3匹、道を横断しているのであった。
「このへんに住んでる人の飼い犬?」と聞いたら
「野 犬 で す 。」
だそうです。
イランの人は動物を飼う習慣がないらしく、猫も犬もほとんど見ない。
イスラム圏では皆、猫をかわいがるのかと思っていたが、
(ムハンマドが猫をかわいがったという伝説があるため)
イランはそうでもないらしい。
道でみかけた猫も3匹くらいだったが、どいつも臆病だった。
商店では、たまに店の軒先に鳥籠をつるして、美しい声で啼く鳥を入れてあるのだが。

Iran : Yazd

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なんだかんだで6時間以上ドライブし、ヤズドの州内に入る。
イランは日本の4倍ほどの国土があるのだが、40の州しかないらしく
ひとつの州がとんでもなく広い。
■ 沈黙の塔
名前からしてすごくかっこいいのだが、これはゾロアスター教の鳥葬の場所。
あの丸い塔のなかに死体を置き、鳥に食べてもらうことによって
遺体を天に届けるという意味があるらしい。
骨まで食べさせるように遺体を粉砕するというのがヘヴィだが
さすがに最近は火葬にスイッチしているようで、沈黙の塔は現役では使われていない。
しかし、ゾロアスター教のなかでは大切なモニュメントとされているのか
フェンスがはりめぐらされていて山のふもとにすら近づけないのであった。

ヤズドにはゾロアスター教徒の人もかなり住んでいるらしいが
なにしろ観光客ですらスカーフを被らねばならない国なので
外見からは誰がゾロアスター教徒なのかはわからない。
たまに、おばあさんなどは「火」を表す赤い衣服の人もいるというが
残念ながら見かけることはなかった。
■ ゾロアスター教寺院
思ったよりもずっと新しく、公民館のような印象のゾロアスター教寺院。
屋根の中央には、シンボルである「アフラ・マズダ」のマークが。

なかに入ると奥に部屋があり、ガラスの窓で仕切られている。
そのむこうには1500年間燃え続けているという聖火が。
火の番人なのか、ただの当番なのか、なんとも雰囲気のあるお爺さんが
座っていたので、その人からポストカードを買った。

運転手のデボゾルギさんは、ここまででおつとめ終了。
ランチの時にペルシャ語を教えてくれたり
(ガイドのガンバリさん曰く、訛ってるらしいが)
実に気の良いおじちゃんであった。
■ ホテル
ヤズドのモシール・ママレク・ホテル・ガーデンは、旅行中いちばんゴージャスだった。
なんでもまっとうなホテルは2軒しかないらしいのだが
わたしたちが泊まったガーデンホテルは、もともと大統領の別邸を改装したもので
狭い入り口からは想像も付かないほど中は広い。
細い通路を通り抜けるとそこは食堂で、赤と青の鸚鵡が。
運転手のデボゾルギさんは携帯で写真を撮っていた。
どうも、ヤズドに友人がいるので、そこに寄ってゆっくり帰るらしい。

鸚鵡の名前はロミオとジュリエット。
イランは8時近くまで明るいので、庭のベンチでしばし読書。
なんだか、薔薇があんまり綺麗で、鳥の声がして、静かで。
たぶん死ぬまで忘れないような、詩的な風景であった。

柘榴の花とベンチ。

薔薇。
食堂を抜けると、噴水があり、薔薇やスイカズラや柘榴の花の咲き乱れる広い庭がある。
夕方だからか、スイカズラのとてもよい(ジャスミンよりもすっきりした)甘い香り。
わたしたちは風通しのある別館の一室であった。

建物の上に付いている四角い箱のようなものが「風通し」。今はクーラーがあるが
風情があるので、お金持ちは新築の家にも付けるらしい。
夕食のときに、ガイドさんがなにやら電話でキレまくっているので
なにかトラブルか?と思ったら、明日手配していた車が事故ったとのこと。
事故にあった車は州外に出られないのだそうだ。
明日はエスファハンまで行かなくちゃいけないのにー!
と思っていたら、運良く電話でデボゾルギさんを捕まえられたらしく
明日、エスファハンまで乗せていってもらうことに!
よかったよ~~~。

Iran : Siraz – Yazd 1

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シラーズから砂漠の町・ヤズドへ約430km、車で移動する。
■サービスエリア
イランのサービスエリアはちょっとした公園のようになっていて
売店もあり綺麗。
車にはポットとお茶セットが積んであり
途中立ち寄ったサービスエリアで、ドライバーのデボゾルギさんがチャイを入れてくれた。
デボゾルギさんはガチムチ系の気の良いおっちゃんで
ダッシュボードにはターコイズのペンダントをした猫のぬいぐるみを置いている。
猫が好きなんだそうだ。
おやつを食べながら、ガイドのガンバリさんが
日本のJリーグや、世界ふしぎ発見!のアテンドをした話などを聞く。
世界ふしぎ発見のロケは、普段入れない寺院のミナレット(尖塔)に
昇ったりして楽しかったらしい。うらやましい!

給水塔と黄色い花。
■冷蔵庫
これは途中立ち寄った天然冷蔵庫。
Dr.スランプに出てくる「う○ち」みたいなかたちをしているが
中に入ると4mほど床が掘り下げられており、内部は当然ひんやりしている。

■杉の木
樹齢4000年と言われている杉の木。
日本の来宮神社の杉が推定2000年というのを聞くと
なんかこぢんまりとしているというか、
ほんとに4000年なのか・・・?というところだが、まあ伝説ってことで。

オランダ人の団体さんがピクニックをしていた。
ガンバリさんは「オランダの人はいつもピクニックしてます!」と
言い切っていたのだが、お国柄なんだろうか。
■蜃気楼
ヤズドに近づくにつれ、荒野の灌木はだんだん数が減って
とうとう皪漠(れきばく)になる。道をはずれると砂漠も拡がっているらしい。
地平線に蜃気楼が見えている。
(地平線すれすれに見えるビル群のようなもの)

■山
有名な「鷲の山」オガップ・クー。
鷲はオガップ、山はクーというらしい。
「獅子山」はシール・クー。
イランの山は、平地から突然隆起して山になったかんじ。
地層もはっきり見えていてまるでグランドキャニオンのようなダイナミックな景色が続く。

ちなみに延々と続くイラン最大の山脈「ザクロス山脈」は
ザクロの語源なんだそうだ。初めて知った。
ペルシャ語ではザクロを「アナール」と言う。
トルコでは「ナール」で、言語体系は違うのだが
こんなふうに似ている単語も結構ある。(日本語と韓国語みたいなもん)
430kmを、途中の休憩やランチをはさんで約7時間で走破する。
イランの高速は最高120kmまで出して良いので
道が空いていれば430kmごとき4時間半で走れる計算だ。
ただ、最近は警察が厳しいらしく、しょっちゅうネズミ捕りしているとのこと。
イランでは交通の要所(高速の分岐点など)には大きな検問所があり
トラックは積荷の検査をされる。普通乗用車もトランクを開けて
中をあらためられたりと入念だ。
麻薬などの摘発が目的だそうだが、
「ほんとの運び屋はこんな道通りません。」だそうです。
4WDで砂漠の中を走っていくんだそうだ。

Iran : Siraz 2

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■サーディー廟
イランで人気のある詩人の廟。
建物に至る道には噴水があり、薔薇が咲き乱れ
日差しはきらきらしていてまるで楽園のようだ。
廟内にはピンクの制服を着た小学生たちが
ちょこまかしてて可愛かった。
地下には地下水が流れ込む池があり、魚も泳いでいる。
なんとも不思議な構造。

かくれんぼ。
■ハーフェズ廟
サーディーと並んで(サーディー以上に)イランで人気の
ハーフェズの墓。
こちらはハーフェズの詩集を手にした人々が訪れ
詩を諳んじているようであった。
この詩人については和訳を読んでいないので
ガイドさんの翻訳だけではその形而上的かつ神秘的な
内容までうかがい知ることはできなかったのだが
とにかくこの18世紀の詩人は老若男女だれからも愛されているらしい。
教科書で無理矢理覚えさせられるものもあるらしいが
詩集をぱっと開いて、その頁の詩で自分を占ったりする
ハーフェズ占いなんてのもあるらしい。

ふたりの女。
■ヴェキーユ・バーザール
イランに来て初めてのバザール。
雰囲気はトルコやチュニジアに似ているが
もっと古びたかんじで、売っているものもいなたくて
埃を被っているせいか、どれも骨董品に見えるのであった。

市場の美しい天井とコスプレおじさん
途中、シラーズ名物?の「ファルデ」というスイーツを食べる。
これは片栗粉を半分といて凍らせ、半分は乾いた春雨くらいの細さにして
それにシロップをかけて食べる・・・文字にすると難しいのだが
口に入れた瞬間ほろほろと溶けていくかんじが新感覚であった。

わたしはダークチェリーのシロップをかけて食べた。
バザールでtram氏はゾロアスターのシンボルマークの置物を、
b様は香辛料屋でサフランを購入。
わたしは写真ばかり撮っていて買い物ができなかった。

Iran : Siraz 1

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2009年5月2日
イラン2日目はテヘランから飛行機で1時間ばかり南下した
イラン第3の都市シラーズ。
古代遺跡群・ベルセポリスへ行くにはこの町が起点になる。
■ベルセポリス
車を降りて少し歩くと、高台の上に
神殿の柱のようなものが建っているのが見える。
ローマやアグリジェントと比べてしまうと
遺跡が転々としていて、がらーんとした印象。

しかし、今まで見たことのないローマでもないギリシャでもない
ゾロアスター教の神々は興味深い。
当時ペルシャが統括していた23の国々の人々が
生き生きと描かれた壁画がおもしろい。
メディア、パルティアという2大強国の仕官が
他の国々をひきいているのだが、みんな手をつないでいる。
なんかほのぼのしてしまうのであった。

今でも、イランでは手をつなぐのは親愛や尊敬の証だそうで
男女問わず、よく手を握るのだとか。
それもイスラム革命後、男性が女性と握手するのも
どうもよろしくないということになっているらしい。
なんとも世知辛い話だ。
■ナブシェロスタム
ダレイオスI世とその息子、孫の墓。
こうしてみると、大きさがピンとこないが
中央やや下に人が歩いているのが見えるだろうか。
十字に切り込まれた意匠はキリスト教のようでもあるが
紀元前のものだ。
ヨルダンのペトラ遺跡もこんなスケールなんであろうか。
近くにはゾロアスター教で使われたと思われる四角い建物もある。

■コーランゲート
シラーズの町の入り口に戻る。
コーランゲートとはその名前の通り、コーランの門。
コーランを模した美しい意匠で、まわりは公園になっており
詩人の彫像や花壇があり、休日には滝も流れるらしい。
芝生ではピクニックしている人もいるのだが
しかしここ、バイパスのすぐ脇なのであった。
排ガスが・・・!!

Iran : Tehran

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5月1日
泊まったホテルはテヘランの中心部。
考古学博物館のすぐ裏のあたりだった。
■考古学博物館
ドイツ人建築家による堂々たる建物の考古学博物館。
しかし、門扉に立っている警備員のお兄さんは
バ ナ ナ 食 べ て ま す 。 ゆるーい。

バナナの皮をぷらんぷらんさせながら歩いていくお兄さん。
考古学博物館の中には
紀元前5千年くらいからの貴重なお宝がたくさんあるのだが
なかでも動物をかたどったものがおもしろい。

これは
N O V A う さ ぎ ?
■アサダーバード宮殿博物館
次はテヘランの北にあるアサダーバード宮殿博物館へ。
途中、すずかけの並木が数キロ続くのだが
新緑が非常に美しい。
テヘランて乾いた都市というイメージだったので
緑が多いことに驚く。

宮殿自体はこぢんまりとしたもので、近世の宮殿ということでいえば
トルコのドルマバフチェ宮殿には足下にも及ばないかんじではあるが
それでもフランスに影響を受けた調度品などはたいそう美しかった。

宮殿の前にある足下を残して倒されてしまったシャー(国王)の銅像。
奇しくも現代アート風になってしまっている。

■絨毯博物館
大阪万博のころを思わせるレトロ近未来な建築。
中には国宝級のカーペットが展示されている。
絨毯のよしあしは素材と染料、そしてラッジの数で決まるそうな。
ラッジとは7cm四方に結び目がいくつあるかという単位で
高価なものになると120ラッジを越えるものもある。
織物と言うよりもプリントのように見えるのであった。
なかに、世界の偉人と建築を織った珍しい絨毯があるのだが
さて、日本はどれでしょう?と質問されたが
それらしき人物も建築も見つからない。

「正解はこれです。」

(写真中央。)
「誰これ。」
こんなアフロの人は知らない。
ガイドさんも、
「日本のお客さんは誰一人、どれが日本か当てられたためしがないです。」
と言っていた。そりゃそうだろう。
夕刻になったので、国内線で1時間ほど移動しシラーズへ。