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投稿日: カテゴリー: Journal

今、軽めの小説を読みつつも池澤夏樹が翻訳した『古事記』を読んでいて、これに挟まっている月報を京極夏彦と内田樹が書いてるんだけども、京極夏彦が「古事記は『謡習/記述』から成っていて、江戸時代までは物語の『語りなおし』というのは普通であったと。で、近代になってから物語は個人の作品であるという考えが西洋から輸入されて今のようになったけれども、そのこと自体を(著作権の問題とかありつつも)今一度考えねばならないのでは」と言及していて目から鱗だった。

そこでふと思いついたのが、今の二次創作って江戸時代くらいまでの「語りなおし」をSNSを使って同時多発的にやってるようなものなのではないか。公式で語りきれないとこに皆で解釈を加えて、それが準公式みたいな設定になってることはあの世界では往々にしてある。江戸時代まではそれが本筋に合流できたのだ。

そんなわけで、著作者擁護はしつつも、二次創作をグレーゾーンとして黙認するという消極的な姿勢ではなく、二次創作まで含めた巨大な世界を「作品」として守るという視点もあるのではないだろうか。

同じようなことを言ってる人は既に沢山いるんだろうけど、今さら『古事記』を読んでてそう思った今日このごろ。