Samekado Lighthouse

投稿日: カテゴリー: 2014 東北, 日本

Tanesashi

東北旅行の余韻をスルメのように噛み締めている今日この頃。

なんであんなに八戸の鮫角灯台が衝撃的だったかと考えてみた。
今まで旅といえば自分でガイドブックを見てアタリをつけて、
天気見て地図持って徒歩か公共の交通機関で都市をまわることがほとんどだったのです。
ところが、ここは何の予告もなく連れて来てもらって、
車を降りたらすごい霧で、山のような岬のような、
でも背後には広大な牧場に馬がいて、連続殺人がおきそうな別荘があって、
灯台のふもとには廃園もあって、すぐそこは崖で海のはずなのに
霧の中から突然列車が現れて消えて…
という予測不可能な風景が次から次へと展開するので本当にびっくりした。

そんなわけで、鮫角灯台は個人的日本三景にランクインしました。おめでとうございます。

Hanamaki – Sendai

投稿日: カテゴリー: 2014 東北

8月19日

SさんIさんのご好意で、仙台までの道中、花巻に寄っていただくことに。
イギリス海岸が見たい、と申し出たのだが、連日の雨のせいか北上川が増水して
「海岸」は水没していた。
きっとこの先にあるのだろうが残念ながら通行止め。でも柵がかわいい。ドッテテドッテテ。

Igirisu Kaigan

でもゆったりとした川の流れと、両岸にしげる広葉樹のせいで
なんだか日本ではないような、ドナウ川の河岸のように見えた。素晴らしい。

Igirisu Kaigan

イーハトーブ館は宮沢賢治に関する現代作家の作品を展示するギャラリーのような場所とのこと。
建築がすばらしく、水鏡に空が映って美しかった。

Kenji Miyazawa Ihatovo House

次は、SさんIさんが絶賛していた宮沢賢治記念館へ。
展示内容がたいそう充実していて、いようと思えば一日楽しめる。実は。宮沢賢治作品は有名な作品すらろくに読んだことがなかったのだが、この人がいまでいうマルチクリエーターというかハイパークリエーターだということがよくわかった。農学はもちろん鉱物学、化学にも詳しく、エスペラント語を学んでいることからも語学にもあかるく、かつ詩人で、作家だなんて。当初は英米ではなく周辺諸国から評価されはじめたという海外評価の展示も興味深かった。37歳で死んだなんて、私と同い年だ。

Miyazawa Kenji Memorial Museum
館内の展示物は撮影禁止だったのだが、バルコニーから望んだ北上川を見下ろす風景があまりに綺麗でこの1枚だけiPhoneで撮影した。

その後、花巻のオシャレカフェでランチをいただき(ものすごくちゃんとしたイタリアンだった)一路、仙台へ。

仙台のホテルまで送っていただき、惜しみつつSさんIさんとお別れ。ホテルに荷物を置いて国分町へ出向き、元同僚たちと中近東料理屋で飲む。店長のRoyさんは気のいいイスラエル人で、なぜか仙台で水タバコを嗜むという機会にめぐまれた。忙しい中コーディネートAさんありがとう…!
その後、東京から出張できていたYちゃんと元上司のKさんと駅近くのバーで3時近くまで飲んで解散。ホテルに戻って撃沈。

翌20日は、あまりの暑さに観光する気にもなれず(八戸との気温差が10度以上ある)、仙台駅のS-Pal地下の「塩竈 すし哲」さんで豪華にお寿司を食べただけで帰ってきた。
ひとりもしくはイシイとふたりで旅をすることが多い昨今、こんなに色々な人にお世話になりながら旅をしたのは久しぶりで、こういうのもいいなあと思った私は9月の北海道ツアーもすっかり行く気になってしまったのだった。またよろしくお願い致します。

Shingo

投稿日: カテゴリー: 2014 東北, 日本

キリストの墓で興奮しすぎてじゃっかん頭痛くなりながらも本日のライブのメイン会場である戸来鎮座御嶽神社へ。

Mitake Shrine

Mitake Shrine
狐のお面をかぶった子供が出てきて「こっちにきて遊ぼうよ」って言いそうな雰囲気。

お参りをしようと本殿のほうに向かうと、中から宮司さんに「どこからきた?」と声をかけられる。
「東京から、今日の盆踊りに出演する人たちを見に来ました」というと、まあ上がれ上がれという。恐縮しつつ本殿にあがらせてもらうと、紙に名前を書けという。「???」と思っているとおもむろに宮司さんは狩衣を装着して(狩衣の着付けを初めて見た)、ご親族?ご近所??の方がたと一緒にご祈祷してくださった。
「自分は酒のプールで泳いでいるようなもんだから」と言う宮司さんはいい塩梅に(というか、かなり)酔っ払っていたが、「身体が丈夫でお金を稼げますようにって祈っといたから!」とのこと。ありがたし。3億円当たるかもしれないのに…とも呟いていたのを聞き逃さなかったぞ。その後、社務所のほうにも寄せていただいて村のおじさんたちとお神酒やら奥様が作られた煮物やら軍鶏のお刺身をつまませていただく。(軍鶏美味しかった…)
そうそう、この宮司さんが不思議と母方の祖父に似ていて、リアルに「地蔵盆の夜」を思い出したのだった。きっとこんなかんじなのだな。

Mitake Shrine
灯籠

盆踊りは暗闇の中ぼんやりと灯籠が光るなかでナニャドヤラが流れて幻想的な感じ。踊り手さんが少なかったが、おばあちゃんが孫くらいの子らに教えながら踊っていてほのぼのした。
会えると思っていなかったトリコさんやMさんにもお会いできて嬉しい。やぶ蚊と闘いながらライブを待つ。
浴衣を着ていったら青年会の方に500円券をいただいてしまったので焼きそばと缶ビールをいただく。

ライブはテンション高めな藤野さんのMCとともにリベルタンゴなども織り交ぜて怒涛のように行われたのであった。村の人びとが酔っぱらいながらも「Water is wide」のような静かな曲になるとしんみり聴いていた。

Mitake Shrine
なつかしいカラーボール

一度宿に戻って、最後の打ち上げ。オオフジツボや東京や盛岡から来た皆さんともゆっくりお話できて楽しかった。
オオフジツボ、主催のバスキングジャパンの皆さんも本当にお疲れ様でした。

Tomb of Christ

投稿日: カテゴリー: 2014 東北, 日本

新郷村は八戸から車で20−30分行ったところだろうか。
戸来(へらい)とヘブライという音が似ているということで
戸来村というところにあるのかと思っていたのだが、実際にキリストの墓があるところは新郷(しんごう)村という名前だ。

SさんIさんはすでに一度訪れたことがあるとのことで
ニヤニヤしつつ案内してくれた。
山の下に車を止めると、すでにこんなかんじの「ムー」的なロードマップが。

Tomb of Christ

もう、ふつうに、何のツッコミもなく、偉人の墓的なかんじで「キリストの墓」という案内がある。
あと大石神ピラミッドも。なにがなにやら。

Tomb of Christ

キリストの里公園。
当たり前のようにキリストの墓と書いてあります。そして唐突に出てくるイスキリって誰なんだ。(のちの看板でイスキリが誰なのかわかる)

Tomb of Christ

キリストの墓の説明。キリストは12年も日本で修行し、ゴルゴダの丘で弟を身代わりにして生き延び、再び日本に戻ってきたと。で、身代わりになった弟の墓もついでに建てておいたよ、ということらしい。
毎年夏には「キリスト祭」という慰霊祭が行われ、ナニャドヤラ保存会のご婦人がたが、あの「ナニャ〜ドヤ〜ラ〜ナニャドナサレ〜ノ〜ナニャ〜ドヤ〜ラ〜」という節にあわせて盆踊りをするらしい。見たすぎる。

キリストの墓は十来墓
Tomb od Christ

イスキリの墓は十代墓
Tomb od Christ

ちゃっかりイスラエルとも親交をあたためている。このあと訪れた戸来鎮座三嶽神社の宮司さんもイスラエルを訪問したと言っていた。キリストとイスキリの墓の間には唐突にヘブライ語の碑が設置されている。
Tomb od Christ

墓のすぐ脇には伝承館という資料館があり、入ると新郷村の50〜100年前くらいの生活空間が再現されていて、どう見てもそのへんのマネキンの顔をすげたようなお人形がお出迎えしてくれる。このあたりの風習で、生まれた子のおでこに十字を書く風習があるらしい。怖いって。

Tomb od Christ

伝承館ではいかにしてここがキリストの墓として「発見」されたかが詳しく説明されている。(新郷村の紹介が半分、キリストの墓など竹内清麿についての説明が半分くらい)とはいえ、わりと中立的に客観的に掛かれており、ヘブライ語との類似性が指摘されているナニャドヤラの謎も、柳田國男翁によって「若者の恋を後押しするような歌なのではないか」と分析されていると書かれていた。
しかし日清戦争の直前の日本で、日本史に「西洋が信じている神は日本で修行したのだ」という箔をつけたかったのだろうか。神代文字で書かれたものを現代語訳したという竹内文書というのは知れば知るほど「なんでこんなトンデモな文献が今の今まで語り継がれてしまったのか」と思う。あまりにキャッチーだったからではないか、と思っているのだが。

ちなみに伝承館の売店で売っていたプレミアムヨーグルトドリンクと、南部せんべいに生キャラメルがはさまったやつは美味しかった。

竹内文書についてのWiki

その後、そこからさらに車で10分ほど走ったところにある大石神ピラミッドへ。
ピラミッドというからには正三角錐のようなものを想像していたが、もちろんそんなものはなく、正確に方位を示す巨石や、星座を表すような傷のある巨石があるという「巨石信仰」のような場所で、ストーンヘンジに近い。

Ohishigami Pyramid

竹内を筆頭とする探査隊ご一行は「日本に7基あるといわれているうちの4つ目が見つかったと喜んだ」と書かれていたが、すでに見つかった3つのピラミッドが気になる。熊野のゴトビキ岩とかだろうか。
霧がいっそう深くなって、森のなかが神秘的なかんじになっていた。

Oishi Pyramid

Hachinohe

投稿日: カテゴリー: 2014 東北, 日本

8月18日

朝からオオフジツボと、東京からのファンの方々と一緒に八戸観光へ。
「光の奥」のジャケットが撮影された場所でもあり、また、
最後に収録されている新曲「Shrine, Lighthouse, and the grass」の聖地巡礼でもある。

まずは蕪島神社へ。途中、「鮫」という駅を通る。このへん一体は「鮫」という住所だ。駅前にサメの変なオブジェがあった。
海岸に唐突に小高い山がありふもとに真っ赤な鳥居がある。階段を昇ると八戸港を見渡せるところに社があった。岩場の多い海岸線が見える。私は手前にあった巨大な工場?の廃墟が気になってしかたなかった。

Kabushima Shrine

次は鮫角灯台へ。
海岸線にそって少し走り、山を昇る。駐車場に降りると霧が深まっている。
長い長い塀のむこうは牧場で、かなり山を登ってきたはずなのにこんな平地があることに驚く。遠くに馬が見えた。
そういえば遠縁の親戚も八戸でサラブレッドを育てているのだった。

Tanesashi

霧の中にぽつんと立つ灯台はうち捨てられたように静かで、機能しているのか定かではない。
奥に進むと、庭のような草むらのような不思議な空間があり、黄色い花がぽつぽつと咲くなか、海岸沿いに線路が走っている。
霧の中にローカル線が通って行った。本当に夢のような風景だった。
行ったことはないが、スコットランドとかアイルランドってこんな感じなのではないだろうか。

Tanesashi

Tanesashi

次は葦毛崎展望台へ。まるで中世の要塞のようなつくりである。リアス式海岸を見下ろす。
サンフランシスコまで4000キロとか書いてあっておかしい。

Tanesashi

最後に訪れたのはジャケットにもなっている種差海岸。みんなでジャケットの撮影場所を特定したり、岩場をのぼる男性陣を生あたたかく見守ったり、オオフジツボのアー写?を撮ったりして楽しかった。雨ではないだけマシだが、曇っているのが本当に残念だ。

Tanesashi

Tanesashi

この後、ランチ難民になりつつも「弁慶」という地元の居酒屋を見つけて
美味しい海鮮丼にありつけた。

Kaisendon

新郷村に続く。

Morioka-Hachinohe

投稿日: カテゴリー: 2014 東北, Journal, 日本

8月17日

朝、一関を出発し、Sさんの発案で盛岡に寄っていただく。
私の希望で材木町の光原社に立ち寄ってもらい、民芸や中庭を堪能。
イシイはなぜか篠竹の弁当かごを買っていた。

Kogensha

ここは日本の民芸とハイカラな洋風建築がほどよくミックスされていてとても落ち着く場所だ。中庭に面したカフェが「可否館」というのもカフカ的で良い。

Kogensha

庭をつきあたると北上川に面していることがわかる。連日の雨でかなり増水していた。
日曜なこともあって材木町の店はほとんど閉まっていたので、駅前のぴょんぴょん舎で冷麺を食べてからベアレンの醸造所へ。盛岡ではなかなかベアレンのビアパブに行けないのが残念だが、今回はお土産を買うことはできた。ビールのセットを両親に送って一路、八戸へ向かう。

八戸は中心の三日町のホテルに投宿。廿日町とか十三日町とか数字が付いている町名が多い。藩政時代に市が立った日だそうだ。

浴衣に着替えて、法霊山おがみ(雨かんむりに龍)神社へ。すでに破石住職のトークが始まっていた。オオフジツボの「なのはな」を思いっきり「ひまわり!」と言ったり天然ボケも織り交ぜつつ、笑いもとっていたさすがのご住職。

Ogami Shrine

その後、屋台の日本酒やたこ焼き、チキンカレーなどどれも美味しい。特に日本酒は総代の八鶴酒造さんが大吟醸を100円で出していたりして凄い。

すばる文学賞作家の木村友祐さんと最後のイタコと呼ばれる松田広子さんとの対談などを聞く。イタコが使う数珠は猛禽類の爪、猪の牙、動物の骨、それから三途の川の渡り銭などがじゃらっと連なっているプリミティブなもので禍々しくもある。この後、これを鳴らしながら祭文を唱えて冥府の扉を開いてくれたのだが(大丈夫なんだろうか)、祭文は聞けば意味がすぐにわかるような平易な日本語だった。一時間に及ぶ祭文もあるらしい。

Juzu of ITAKO

その後、オオフジツボのライブ。ステージ最後の「Shrine, Loghthouse, and the grass」では、地元の神楽保存会のかたとのコラボで「墓獅子」という演目とのコラボレーションがあった。
墓を前にして獅子が嘆く踊りなのだが、曲とあいまって震災で行った人を送るという印象が強く残った。詞がなくても、音楽と舞だけでこんなにも悲しみを強く表現できるものなのだと。文学を超えるものを感じた。
セカンドアンコールは自称悪徳プロモーターの戸田さんのリクエストで「空に消ゆ」を。

oofujitsubo Live in Ogami Shrine

夜は八戸地元の居酒屋で地酒と地の魚を堪能。
まんぼうの腸とかホヤとか珍しいものをいろいろ食べた。お酒も美味しかったなー。

Hiraizumi-Ichinoseki

投稿日: カテゴリー: 2014 東北, Journal

8月16日

お盆休みを利用して、アートワークをお手伝いしているオオフジツボのツアーを追いかけることに。
まずは上野から東北新幹線「やまびこ」で一関まで。そこから東北線に乗り換えて平泉まで行く。
なんだかんだで、オオフジツボの東北ツアーは4回め。私も去年は欠席したが3回めの参加となる。

13時から中尊寺の本堂で奉納ライブが行われた。
長い山道を登って本堂へ。雨が降ったり止んだりと落ち着かない陽気である。
山々の緑は雨に濡れて美しい。まだ紫陽花が咲いていた。

Chuzonji Temple

Chuzonji Temple

本堂はすごくリベラルなかんじで、みんな靴を脱いで畳にあがって
金色のご本尊をばしばし写真撮影している。
すぐ隣りの部屋では絵画展も開催されていた。

Chuzonji Temple

本番もつつながなく終了し、中尊寺のWeb CMに採用された「なのはな
平泉を舞台にした「平泉セット」や、飛翔感のある「空駆ける者」などを堪能。

oofujitsubo Live in Chusonji Temple
アコーディオン、ギター、そして木魚・・・(立派)

その後、今回車に便乗させていただくSさんIさんと合流し
一関の「世嬉の一酒造」さんのカフェへ。

Sekinoichi

Sekinoichi

洋風のファサードの石づくりの建物で、中庭も素敵。醸造所のほかレストランも併設している。
蔵を改造したようなカフェでビールやソーセージなどいただき、随分ゆっくりした。
昔は映画館だったこともあるという大きな建物はお土産屋さんになっていて
クラフトビールを数本購入。

Sekinoichi

夜にはまた平泉に戻り、老舗のお菓子屋さん「吉野屋」さんでライブ。
こちらは大旦那さんも若旦那さんも音楽が好きだそうで
お店の中にはアップライトのピアノも置いてある。
家族で森から木を切って磨いて組み立てたという建物は音がよく響いて素敵だった。

oofujitsubo Live in Yoshinoya

この日は一関の蔵ホテルに宿泊。
併設のバーのバーテンダーさんがとっても可愛くて
わたしたちの複雑なオーダーを必死にこなそうとしていて(でも間違ってたりして)和んだ。きゅん。