Bangkok – Tokyo

タイ7日目、バンコク3日目。
朝ご飯はホテルの近くの食堂で。豚のワンタンと台風紅茶。国に出した紅茶に練乳が入っていてキンキンに冷えている。この気候によく合う。ホテルの前に朝一が立っていて、近代的なマリオットと昔のバンコクのそのままのマーケットの対比が面白い。

ホテル最寄りのトン・ローの隣のエカマイと言う地区は、東京で言うと青山や代官山のような雰囲気。ヴィンテージ・ショップやカフェなどおしゃれなお店が多い。代官山のTSUTAYA書店の裏側みたいな感じだ。が、再開発に成功しているとも言えず、まだきれいなビルがクローズしていたり、空き地があったり、ドンキの建設予定なんかの看板があってやや荒んだ雰囲気。これから、というところなのだろうか。
バンコクは日中30度以上になり、歩くとすぐにへばってしまう。おしゃれなカフェでソーダをいただく。

 

そこからUVERで移動してターミナル21と言う大型のショッピングモールへ。ここは国際空港を模した建物で、各フロアに東京やイスタンブールパリロンドンなどの名前が付いていて内装もそんな雰囲気になっている。東京は頭に山手線各駅の駅名がプリントされていてなかなか味わい深い感じだった。
最上階のレストランフロアのponnというお店でタイ料理を。ここでトムカーガイを初めて食べた。

タクシーで中華街へ。ここには香港の醸造所のビールをメインに取り扱うビアバーRabbit Hillがある。お客さんの紹介で来てみたが、赤を基調にしたとてもおしゃれな内装で、店長のEricさんも気さくにいろいろビールのことを教えてくれる。それにしてもサンフランシスコもそうだったが、中華街と言うのはどこの国も時を止めるものなのだろうか。バンコクの中華街も中心地から外れているせいかもしれないが30年前位から全く変わっていないような雰囲気だった。今後はこちらの方が人気が出てくるのだろうな。

ホテルに預けた荷物をピックアップしてUVERでそのまま空港へ。深夜便で東京に帰る。久しぶりに来たバンコクはまるで別の街のようになっていたが、エネルギッシュな雰囲気は変わらずこれからどんどん面白い街になっていくんだろうなと思った。また近いうちに訪れたい。

Bangkok

タイ6日目、バンコク2日目。

今までソンテウと得々とUVERで過ごしてきたが、初めて鉄道に乗った。BTS(スカイトレイン)はモノレールのようなゆりかもめのような車両だ。できたばかりで車内も綺麗だし、案内もとてもわかりやすい。1日乗車券は140 バーツ(500円位)。

電車の中でみんなスマホを見ているのは東京と変わらない。次の駅名がアナウンスだけなのか分かりにくいなぁと思ったら液晶広告の下にうっすら色表示されるシステムだった。車内広告の方が目立っているのも東京と同じ。
BTSとメトロを乗り継いで、中心地から南西のウォンウェイヤイと言う駅に来る。ここはずいぶんはずれの方で、地味な駅だが、幹線道路が近く、道が広く車が多い。上野あたりの昭和通り沿いといった雰囲気。
ぽつぽつと商店がある道を抜けると繊維問屋が並んでいて、まるで日暮里のようだった。途中、賑わっているこぎれいなチェーン系の麺屋さんに入って、いつものつみれ入りの麺をいただく。

この街には比較的大きな生鮮市場があって、生地屋と八百屋が軒を連ねている。昔のバンコクの面影を色濃く残していて雑多でカラフル、そしてエネルギッシュ。完全に地元の人の街だ。

街のシンボルらしい大きなラウンドアバウトでUVERをつかまえ、「暁の寺」ことワット・アルンへ。ここに来るのは20年ぶりぐらいだろうか。川沿いにあるということ以外、ほとんど記憶がなかった。ずいぶん周辺も整備されていて、きれいな観光地という趣。白を貴重にしてカラフルな彩色をされた塔は圧巻だ。これが今年の初詣となった。

そこから渡船で対岸に渡り、ワット・ポーへ。川側から見る暁の寺とはためく黄色い旗がかっこいい。ワット・ポーの涅槃像は相変わらず金ピカで、もの凄い迫力だった。足の部分が修復中だったが足の指の指紋が無田であることに気づいたりして発見が多い。チケットには特別な半券がついていて、ペットボトルのお水と交換してくれる。飲料メーカーがスポンサーの「仏像をデザインに使わないで」というキャンペーンのようだった。

 

ワットポーからはなぜかUVERにドタキャンされ、おっかなびっくりタクシーに乗る。やはり観光地で止めるとメーターを倒さないで価格交渉してくるのが辛い。250バーツで話をつけて乗ったら、「ちょっといい?」って車を停めて屋台でお弁当を買っていた。自由だ。

午後はサイアムに戻ってビールTシャツを探しにワールドセンターからMBKセンターまでまで、また一通り歩いてしまった。目的のTシャツは最終地のMBKで無事に通買うことができた。昼はラフォーレのような若者向けの百貨店、サイアムセンターの最上階にあるフードコートで。プリペイドカード式なのだけど、チャージに時間がかかってちょっと不便だったなあ。

夜はU夫妻に勧めてもらったトンローにあるおしゃれなレストラン「Spanniga Eating Room」で。凝った料理がたくさん出てきてどれもおいしかったしサービスがとても良かった。オススメ。

Chaingmai – Bangkok

チェンマイ5日目。移動日。

ヤンカムヴィレッジ、お世話になりました。スタッフも親切で、泊まってる人たちも落ち着いていて良かった。
というわけでバンコクへ。
チェンマイが30年前の東京だとしたらバンコクは10年後の東京みたいなかんじ。20年ぶりにバンコク来たら鉄道できてるわソンテウもいないわ高層ビルばんばん建ってるわで未来。 宿はスクンビットという日本人の駐在員もたくさんいる町に建つマリオット。できて日が浅いのかインテリアもアメニティもモダンでかっこいい。15時前だったがチェックインできた。

やることといったら買い物くらいしかないので、まずはtheCOMMONSという比較的新しいモールのSOUL FOOD 555でU家とランチ。本店はスクンビットにあるのだが夕方からのオープンとのこと。ガパオをいただいた。カオソーイバーガーなど、創作タイ料理というかんじ。

バンコクの移動は主にUVERを使ったが金曜ということもあってすごい渋滞。モノレールの終点National Stadiumの駅前にあるMBKセンターからSiamに向かってモールをぶらぶら。MBKは巨大なアメ横センタービルみたいなかんじで2000店がひしめいているらしい。偽物が平然と売られていたり「Nintendo Group」などという名前の貴金属屋があったりしておかしい。

その隣のSiam Centerはラフォーレみたいな若者向けのショップが入っていて、タイのデザイナーズブランドやちょっと小洒落た雑貨屋なんかが入っている。バンコクのファッションはとても元気そうだ。中に入っているおしゃれなカフェバーでフローズンタイティーを飲みつつ休憩。

さらにその隣のSiam Paragonは三越とHarrodsを足したような超高級ラインの百貨店でチューインガムからマセラッティまで買えるとのこと。本当に入り口でアストン・マーチンが売っていた。クリスマス〜新年のオーナメントはヒグチユウコ的ファンタジーなイメージで素敵。Jim Tompsonはやはりとても素敵だったな。

さらにそのお隣のCenter Worldは東京でいうとLUMINEみたいなじゃっかんお手頃のブランドが揃う。MUJIなんかも入っていた。しかし5kmくらいにわたってモールが並んでいるのは壮観だ。

ディナーはU家が予約してくださった10 Mahasethというポッシュなレストラン。山羊のグリルや牛の骨髄にトンブリみたいなのを入れてグリルしたものなど、生まれて初めて食べるものがあって感動。どれも美味しかった!U家の旧友の方おふたりも参加してわいわいと珍しい料理をいただく。これがバンコクでの最後の大人数のディナーだったが楽しかった!

その後、UVERで閉店ぎりぎりのMikkeller Bangkokに滑り込む。サンフランシスコは満席だった一方でバルセロナのときはノーゲスでちょっと寂しい雰囲気だったりして各国でかなり差があるミッケラーを訪れるのが楽しみだったりする。さて、こちらのバンコク店は若者で大賑わい。前庭に人をだめにするソファが置いてあり、ものすごい楽園感。12時閉店だったけれどなんだかんだで1時くらいまで賑やかだった。ここはいい店だな〜

Chaingmai 4

4日目。昨日食べ過ぎたので、カオマンガイのお誘いは辞退して、メリディアン近くに毎朝出ているというお粥の屋台へ行くことに。豚のミートボールがごろごろ入っていて美味しい。

そのまま旧市街まで歩いてお堀の中を見たが、入り組んだ路地とバックパッカーが泊まるような小さめのゲストハウスがたくさんあって、これはこれで楽しそう。まさにOld Cityというかんじ。タイレシピの缶ビールを購入。こちらは韓国でつくっているようだ。
ついでにターペー門から続いているマーケットで、モン族のポーチを購入。古裂で作られているものは珍しいのでまだ残っていてよかった。

夕方まではまったりとホテルのプールサイドで読書をしたり。
この気候とこの土地柄に全く似つかわしくないウエルベックの処女作『H.P.ラブクラフト』を持ってきてしまったが、意外と捗る。

昼は若者の街ニマンヘミンへ。おしゃれなカフェや洋服屋が並ぶ。大学が近いので若者が多いらしい。滞在型のサービスアパートメントもたくさん建っていて長期滞在向けだ。目当てのガイトード屋に2軒も振られて、たどり着いた食堂はおかずを自分たちで選べる地元密着型の食堂だった。どれもおいしい。

食堂のすぐ脇には真新しいショッピングモール「one nimman」ができていた。レンガ造りで、古めかしく作ってあるが、つい去年まではサラ地だったとのこと。ちょうど横浜の赤レンガ倉庫のような感じだ。中はほぼ外国人向けの免税店で、値段もそこそこ高いが、クロコダイルの専門店は日本から比べると格段に安いらしい。Mさんは旦那様にお財布を選んでいた。


その後内山家御用達のシルバーアクセサリー屋さんへ。確かにシンプルで洗練されたデザインに質の良い天然石で値段もお手頃である。女子3人、きゃっきゃ言いながらああでもないこうでもないとアクセサリーを選び、私は薄いピンクのローズクオーツのピアスと、グリーンにもグレーにも見えるラブラトライトのネックレスを買った。

一旦宿に戻り少し休憩してから、イシイと再びニマンヘミンへ向かう。チェンマイのクラフトビアバーを周る思ったのだが、そもそもタイでは自家醸造や小規模醸造が法律で禁止されており、クラフトビール関係者は皆、レシピをカンボジア・韓国・オーストラリアなどの海外に委託して逆輸入すると言うパターンをとっているようで、樽がある店が少ない。なかなか大変である。

一軒目に訪れた「Beer My Friend」さんは青山にでもありそうな店構えで、店員さんも英語がペラペラ。タイでもクラフトビールは人気だが、なかなか法的にうまくいかないことを嘆いていらっしゃった。
その後、「BEER LAB」と言う大バコのビアバーへ。ここはほぼカップルと外国人観光客しかいない。海外のボトルビールメインだったのが残念だが、プレートはチェンマイ名物のおつまみが並んでいてなかなか良い。

そして初のトゥクトゥクに挑戦。最初200Bとふっかけられたが「100B以上では乗らない」といったところ引き止められて、あっさり100Bになった。いきなり3分の2になるってどうなのよ。安全面や大気汚染の問題から、もうトゥクトゥク営業の新規登録は受け付けられていないらしい。ゴーカートに乗っているようで楽しいのだけどね。

そのままお堀の北東の超有名店ジョーグ・ソンペットへ。24時間営業の超有名なお粥屋さんである。ここでもわたしは自分で考えることなくU家のお薦めを踏襲。鶏のモモ焼きとバジルの葉を散らしてあるものがご飯の上にのっかっているやつで、見るからに美味しそう。味が濃いめで元気が出る味だった。

その後フラフラとお堀を歩いていたらマニ・ノッパラッ・フードマーケットと言うのに出くわす。ここでもロティを食べてみたが、こちらもなかなかおいしかった。

Chaingmai 3

3日目の朝ご飯はソンテウで大きなモスクの近くへ。ムスリムの人が多い。もともと行こうと思っていたお寺の中にあるロティ屋が閉まっており、あえなく隣のカフェになったのだが、ここも大アタリだった。ロティとはシャーピンのようなものにコンデンスミルクやソーセージやカレーポテトが挟んであるもの。インドからアフリカまで広く食べられているが、主にイスラム圏の方々の食べ物のようで、焼いている人もほとんどがムスリムの方だ。外はカリカリで中はモチモチ。一緒に頼んだタイティーもとてもおいしかった。

 

その後、「これだけでは足りない」と言う男性陣の意見により2度目の朝ご飯。アナンタラの近くにある食堂なのだが、カオマンガイがおいしいとのことでU家のお気に入りなんだとか。男子2人はパソン(カオマンガイ&カオガイトード)を平らげていた。

いちどホテルに戻り洗濯屋さんに挑戦。クリーニング屋さんと言うよりも洗濯屋さんと言う風情の個人店がたくさんあって、1キロ当たり50バーツ(180円位)でお願いできる。仕上がりは翌日の午後。とても便利だ。

ランチは寺院の駐車場にある掘っ立て小屋のようなところでやっているカオソーイ(カレー味の麺)専門店へ。人気店で、基本相席になる。ソンテウの運転手も「ここはおいしいよね!」と言っていた。

もう滞在三日目になろうとしているのに、お寺をみていないことに気づき、隣のワットラジャ・モン・ティアンへ。くしくもここが初詣になった。立派な大仏があるので霊験も高そうである。道をはさんだところにはチェンマイでも屈指の有名寺院、ワット・ローク・モーリーがある。お寺のテーマパークのようにいろいろな形の仏閣がある。メインの仏塔からはロープが幾本も伸びており、竹筒に水を入れて上の方に鎮座する仏像に水をかけるというケーブルカーのようなものもあった。イシイがチャレンジしたが、途中で竹筒がひっくり返ってしまい、仏像にうまくかけるのは難しいようだ。U家とMさんはオレンジの布(仏塔に巻きつけるらしい)に願掛けをしていた。

そのままソンテウでワロロット市場へ。関帝廟の近くの屋台でイシイは中華風のデザートの「豆湯」なるものを頼んだ。名前から台湾の「豆花」のようなものを想像するが、あたたかいあんみつのようなかんじ?でも、イモやキクラゲが入っているところは似ている。

そして、おやつ第二弾はムーサテ(豚の串)。ピーナツのソースが甘くて美味しい。おじちゃんが串をうった豚バラに黄色いソースを漬けながら、すごい勢いで焼いている。

 

その後、ワロロット市場のはずれにあるモン族の市場へ。かわいいものがたくさん売っているのだが、あまりの物量と色の洪水に目が泳いでしまい、結局何も買えなかった。喉が渇いたのでそのまま近くのカフェ。なんと酒販禁止時間帯でもビールが飲める良いお店であった。

 

夕飯は市内の南東。「クルアペットトーイガーム」。人気店で近くに大きな視点ができたらしい。壁にはいくつもの表彰状が飾ってあるのだが、ここの女将さんはタイ料理街の中でも有名な方らしい。ご本人がいらしていてU家もびっくりしていた。個人的にはここのラープムーが今まで食べた中で1番美味しかったように思う。本当にどれも滋味深く、ハーブがうまく使われていておいしい。

デザートはロイクロ通りにある名店、屋台のロッティ屋さん。U家のお気に入りらしい。場所はいつもこの辺に出しているそう。今まではお母さんだったらしいが今回は息子さんが頑張って営業していた。何も言わないと観光客には平に伸ばしたものを四角く切って出してくれるのだが、地元の人は丸く焼いて出てパチンと掌でつぶし、くるくると紙で巻いて持って帰る。U家はそのバージョンをオーダーしていた。場所は下記の近く。

ロイクロ通りはサイバーパンクノスタルジーと言う雰囲気。チェンマイ11回目のベテラン滞在者のU家は「オープンキャバクラ通り」と呼んでいて笑ってしまった。確かにきれいなお姉さんたちが店先にいっぱいいる。そこまでいかがわしいものでもなく、日本のガールズバー+女の子が横に座ってくれるバージョン位のものらしい。

この日もアヌサーン市場へ行き、GさんMさんは先日目をつけていたかわいい柄のパンツを買っていた。私はクッションカバーを買った。東欧風なような中近東風ないような不思議な色柄だ。

Chaingmai 2

朝食はMさんとふたたびRod Nungへ。すっかりつみれ麺が気に入ってしまった。今日はバミーヘン(卵麺の汁なし)を頼んでみた。

 

ランチはタクシーで郊外の古民家レストランへ。広大な敷地に海の家のような開放的な木造建築が建っていて、みんなわいわい食事をしている。2階席はお座敷で古家具がポツポツと置いてあってとても素敵だ。お酒はないので日本からワインを持ってきた。タイのレストランと言うのは基本お酒持ち込みオーケーのようだ。日本の感覚だとびっくりするが、そもそも食中酒の文化がないのでお店も用意していない。おおらかでいいな。
このレストランは地元のお母さんたちがおかずを作っているようなところでバンコクでも食べられないような手の込んだ家庭料理が食べられる。たくさん頼んでお正月に親戚の家に来たみたいな感じになった。

おなかもくちくなったところでホテルに戻り、チェンマイプラザ近くのレートが良いと言われている両替所へ。
一見、蜂蜜屋なのに、奥に頑強な格子で囲まれた両替所があり、刺青のお兄さんが換金してくれる。かなりやっぱ味があり味わい深い。同じく刺青のお兄さんたちが大枚を持ち込んでいた。

午後はプールサイドでゆっくり本などを読みつつ過ごす。ハッピーアワーでカクテルが安い。

夕方早めにニマンヘミン近くの人気レストランへ。こんなに並ぶ店は珍しいらしい。ウェイティングリストに名前を書いてひたすら待つ。開放的な店内に猫さんが入ってきたりしてほんわか。その後猫さんはちゃっかり同席していた。

タイのレストランは基本的にものすごく早く出てくるので、さっさと食べ終わって出ることになる。夜はアヌサン市場に連れて行ってもらった。ここは大混雑の観光夜市・ナイトマーケットよりもいくぶん歩きやすいらしい。お土産物がメインだがアイスをくるくる巻いてカップに水さしてデコってくれるアイス屋さんが人気のようだった。Instagramを意識している!

Tokyo-Bangkok-Chaingmai


正月はご近所さん達とチェンマイで過ごすことになった。
大晦日に家を出て、年明け5分過ぎに日本を発って羽田からバンコクへ。バンコクで初日の出を拝んだ。
バンコクから乗り継いでチェンマイへ行くのだが、このバンコクの空港のトランジットが人生で1番というくらい混んでいる。長蛇の列だが係員の人は非常にゆっくり。なんとかセキュリティーを抜けて小さな飛行機でチェンマイへ。1時間半ほどのフライト。

ホテルからは同行のU家が読んでくれたリムジンに幸にも載せていただけることになった。
ホテルは「ヤンカムビレッジ」。こじんまりしているがプールもちゃんとあって部屋もとても素敵だ。前庭にある大きなヤンカムの木がシンボル。年越しのガラパーティーの飾り付けがまだ残っていたが、午後には外されてしまっていた。きれいだったのにな。

さて早速町へ出る。ランチは店の前でおじちゃんがドラム缶でガンガン鶏肉を焼いている食堂へ。中はとても清潔で、野菜が食べ放題。ちょっとありえないくらい安くて美味しい。

その後おやつ(?)につみれそばをいただく。つみれやさつまあげのような練り物が各種入っているのが基本で、麺を4種類のなかから選び、汁ありか汁なしを選ぶとあっという間に出てくる。だしがきいていて、しみじみ美味しい。

チェンマイの町なかの移動はソンテウと言う乗り合いバスで。初めてこれに乗ってワロロット市場へ行った。手を挙げると車が止まり、行きたい場所を告げる。既に持っている人と方角が合っていれば乗せてくれる。降りるときは天井のブザーを鳴らすと止まる。合理的。30B(バーツ)(100円くらい)。赤は市内、黄色は郊外へ行くものらしい。

ワロロット市場は新年の買い出しですごい活気。間口一間ほどの商店がみっしりと軒を連ねている。いくつかの市場の集合体のようだ。生鮮、乾物、香辛料、医療、調理具などが大体まとまっている。母に頼まれていた干しエビを買った。

夕飯はお堀の北東部にあるLote Rart。一見できたばかりの小奇麗な中華料理屋さんと言う感じだが、焼き鳥、煮物がメイン。高菜に煮玉子がついた豚足ご飯がおいしかった。ネット情報がほぼないが、超有名店ジョーク・ソンペットの並び。

ジョークソンペットはこちら。

Day 9: Zagreb

また国境を越えてクロアチアの首都ザグレブへ。ここもハプスブルクの影響で北の雰囲気がある。アールヌーボー様式の建物など、ラトビアのリガのようだ。

ぐるりと旧市街を回る。聖母被昇天大聖堂の前では民族衣装を着た人たちのコーラスや踊りなど。可愛い女の子にお菓子をもらった。

まるでドット絵のような屋根の聖マルコ教会の前でも衛兵の交代式のようなものが見られた。黒いコートを肩掛けにして真紅のクラヴァット、文句なくかっこいい。

自然史博物館へ。自然史博物館ってその国その地域の博物学や教育にかける情熱がはかれるので良く立ち寄るのだけど、ここは行った中でも三本の指に入るくらい裏寂れた博物館だった。グランドフロアに小さな受付があって、一階に鉱石。二階に標本。

鉱石は当時の鉱石商の伝票、図録なんかも飾られていて可愛い。二階の剥製はもう混沌としていて、狭い廊下にびっしりとホルマリン漬けや剥製が陳列されている。ある意味ワンダーランド。棚に入らないホルマリン漬けはヒーターの脇(あっためて大丈夫なのか?)。鳥類のどまんなかにサメ。鯨の骨格標本は通常天井から吊るのがトレンドだけど、場所がないらしく棚の上に押し込まれていた。

その後、そこそこ人気のレストランで夏のサラダとタコのパスタを。かなりの大箱だけど奥にさらに庭があって、クロアチアのビールOzujskoをいただく。

公園では緑がキラキラしている。ものすごい駆け足でめぐった10日間だったが、天候に恵まれたのが本当に良かった。

Day 8: Bled-Vogel

スイス人医師が肥満対策のサナトリウムを開いたことで有名になったブレッド湖へ。スロベニア唯一の島はこの湖にある。環境対策のため、エンジン付きの船は禁止とのことで、村人の手漕きのボートで島に渡る。

この島の教会で結婚式をあげるには、新郎が新婦をお姫様だっこして90段の階段を上りきらなければいけないらしい。途中で落としたら結婚式をあげてくれないそうだ。厳しい。

その後、トリグラウ国立公園のボーヒン湖ほとりからケーブルカーでボーゲルスキー場へ。1535mから臨むトリグラウ山とボーヒン湖は、どことなく芦ノ湖を連想させる。ぱらぱらと雨が降っていたのに山頂晴れて。最高。ツアーじゃなかったら、絶対にこういう自然遺産系には来ないと思うので、無理やりコースに組み込まれているというのも良いものなのかもしれない。

Day 7: Postoina-Lubliana

国境を越えスロベニアのポストイナ鍾乳洞へ。あまり期待していなかったのだが、100人ほど乗れるトロッコに乗った瞬間にテンションがあがる。20分ほどかけて鍾乳洞の深部まで。そこからは歩いて1.5kmほど洞窟内のハイライトを回り、また10分ほどトロッコに乗って帰る。通年8度程度と寒い。なかには類人魚、ホライモリという色素を持たない両生類がいるらしい。暗い水槽に展示されていた。

まさに自然の神秘、見たこともない風景にただただ圧倒される。森でも海でもない風景。鋭角のない造形は内臓のようだと思う。ここは、絶対にまた来なければ。

最後、大ホールと呼ばれる巨大な洞にある売店で絵葉書と切手を買って投函した。特別な消印を押してくれるらしい。

 

 

その後、スロベニアの首都リュブリャナへ。一気に北に来たかんじ。ハプスブルク家の影響か豪華な建物も多く共産主義時代の面影が薄く、街が華やかになる。さすが、旧ユーゴ時代に一番景気が良かった地域だけあるなと。町のシンボルは竜の橋のドラゴン。退治されたのにシンボルってちょっと意味わからないが。そして欧州屈指の詩人プレシェーレンの銅像。待ち合わせといえばここというハチ公みたいなものか。

駆け足で現代美術館+MSUMに行く。まだ新しい施設なのか、建築も凝っていて展示も充実していた。企画展のKatalin Ladikという女性アーティストの70年代の作品が力強くてかっこいい。全体的に赤い、共産主義時代を彷彿とさせる作品が多かったのだがそういう企画内容だったのかもしれない。ここの周囲はスクエアの周囲をぐるりと国立博物館、民族博物館が囲んでいて丸一日あっても足りないくらいだろう。ただし、龍の橋より北側なので壁の落書きも放置されていて、やさぐれた雰囲気である。

Day 6: Pritovice National Park

プリトヴィツェ国立公園へ。名物のマスのグリルを食べる。公園のガイドに案内されながら水底まで見えるような澄んだ湖や峡谷、滝、洞窟などを通る。空気がひんやりとしていてマイナスイオン浴びまくり。ここの湖はプランクトンの関係で青緑色をしている。ヨーロッパ人の水の青というのは日本人よりも緑に近いのかもなあと思ったり。まさに碧という字がぴったりなのではないかと思った。

夜、全てのコンセントが死んでいるという不思議な部屋に当たる。

Day 5: Split-Torogir

ドゥブロヴニクから古代要塞都市のスプリットへ。港町のすぐわきにローマ時代の遺跡を中心とした旧市街がごっそり残っていて本当に素敵。観光客も多くて活気がある。聖堂とクリプトを見学。エジプトからの戦利品のスフィンクスがところどころに置いてあって面白い。

屋外でじりじりと焼かれながらピザを食べ、トロギールへ。

古都トロギールはスプリットよりこじんまりとしていて観光客も少なく、石畳の路地に誰もいない瞬間があったりする。中世はこんな感じだったのだろうか。木陰のカフェでビール。

スプリットに戻り、夜の街をあてもなくぐるぐる。バザールがあり、脇道にそれてみるとローマ時代の遺跡がごっそりと残っている一角がある。水を買うのに迷路のような街を歩き回ってしまった。夜のスプリットは中世の面影がいっそう濃くなっているようで美しい。

Day 4: Podogorica-Korot

国境を越えてモンテネグロ弾丸ツアー。首都ポドゴリッツァの中心部は紛争の傷跡もほぼ感じられないさっぱりとした街。立派な正教会があったが立ち寄れず、夏の離宮へ。

ここ自体は見るべきものなしだが、脇にひっそりと建っていた礼拝堂をのぞいたらおじさんが中に入れてくれた。美しいイコンがいくつか飾られていて静謐な空間を独り占めしてしまった。見るべきものなしと思っていても、こういうことがあるから旅は楽しいのだなと思う。

その後、古都コトルへ。切り立った岩肌の山を背後に抱く港町で、小さいがとても風情がある。山上の城壁や教会までは(暑すぎて)たどり着けなかったが、カトリックの聖ルカ教会も正教会もとても立派で見応えがある。

国境を越え、ドゥブロヴニクへ戻る。

Day 3: Dubrovnik

国境を越えてクロアチアのドゥブロヴニクへ。クロアチアの海岸線には9kmだけボスニアヘルツェゴビナ領がある。ここのボーダーコントロールはさすがにゆるい。ここがないと海のない国になってしまうとかでボスニアヘルツェゴビナが死守しているらしい。リゾートホテルが立ち並んで熱海のような雰囲気。

さてドゥブロヴニク、この日はフェスティバルの開会日だったのかすごい人出。政府要人も来るようだ。中心には特設ステージも組まれてオーケストラの演奏の準備が進められていた。聖堂ではコーラスも聞こえる。

ぐるりと旧市街を囲む城壁に登り半周する。アドリア海がキラキラとしていて本当に美しい。90年代にユーゴの攻撃を受けて半壊したらしいが、よくぞここまで復興したなと。ワルシャワの修復士たちが協力したそうで、中世の石工の道具を作るところから始めたんだとか。

城壁から降りて遊覧船に乗り、45分ほどのクルーズ。風が気持ちいいが、それにしても40度近くて消耗する。

一度ホテルに戻り荷物を置いて、夜にまた旧市街へ。レストランやバーが並ぶ路地でシーフードを。シーフードの前菜盛り合わせやロブスターの辛いパスタ美味しかった。食べ終わった頃に花火があがって、路地の隙間から見ることに。その後港に出たがライトアップした城壁と月が幻想的である。

Day 2: Sarajevo-Mostar

ラティンスキ橋。ここが世界史の教科書に載ってた「サラエボ事件」の現場かと感慨深い。オーストリア皇太子、初回の爆破テロは回避したのに、帰り道に狙撃されてしまったというのが悲しい。

旧市街はモスクを中心にイスラム色が強く、土産物屋が並ぶ路地や軒の低さがとても日本に似ていて親近感。しかし土産物屋のほとんどはトルコ製ではないだろうか。修道院だった美術館をひとまわりして、カフェというよりチャイハネのような店の縁側でチャイを飲む。

モスタルに移動。40度近い。さらにイスラム色が強まる。この町の象徴であるスタリモスト(石橋)はもはや半円に近いような丸い橋で、丸い敷石も観光客の靴底で磨かれてツルツルになっている。雨が降ったら危なくて渡れないかもしれない。橋の上で金を集めて25mの高さから飛びこみをする男が何人かいた。50ユーロ集まったら飛ぶらしい。

橋の西側、高台のほうをぶらぶら。シナンの弟子が作ったというモスクがある。その近くに「トルコ人の家」という見学施設が。トルコ人の生活様式を模した木造家屋で、靴を脱いで二階にあがるとカーペットの敷かれた広々とした居住空間。誰もおらずひっそりしていて、本当に誰かのお宅におじゃましているようだった。窓から川とミナレットが見え、風がよく通る。しばしまったり。

すこし裏道を行くと砲撃の後か、廃墟になってしまった建物、殉死した兵士たちの墓地を見て憂鬱になる。墓碑にはみな没年1993と刻まれていて切ない。

Day 1: Belgrade

ベルグレード。

そもそもベオグラードをベルグラードというのを初めて知った。旧ユーゴ時代の首都。NATOの攻撃の後も見える。

旧ユーゴ時スラビア歴史博物館。チトーの墓もあったらしいがスルーしてしまった。旧ユーゴ時代の家電やプロパガンダアートなど内容は充実していたが、時間がなく駆け足だったのが残念。たまたまジャックたちがツアーでベルグレードに来ていたようでびっくりした。メッセージをくれて嬉しかったな。

旧市街のミハイル通りはカフェが並んでいて華やか。道端でおばあちゃんたちが手編みのクローシェなどを売っていた。足早に通り過ぎてしまったけれど後で写真を見直したら素敵だったな。部屋に合わなそうだから買わないけれど、きっと伊勢丹とかで素敵にディスプレイされていたら買ってしまうのだろうなあ。

現地ガイドさんにクストリッツァのことを聞いたら大好きな映画監督だそうで話が盛り上がる。彼女も「アンダーグラウンド」が一番好きだと言っていて嬉しくなってしまった。彼は現ボスニア出身で、もとはムスリムだったんじゃないかと言っていた。新作の公開は11月くらいになりそうとのこと。ある意味、地元なのに日本よりも遅いのだな。

その後国境を越えてボスニアヘルツェゴビナのサラエボへ。

Beer Cruise in Tallinn

タリンでは歴史博物館は閉館日、聖母マリア教会はコンサートのため貸し切り、「死の舞踏」を収蔵している美術館もカンファレンスのため貸し切りという最悪のタイミングで、主要な観光地にはほぼ行けず。そのかわり時間ができたので、ビアパブめぐりをしてきた。

年の近いエストニア人のガイドErikにエストニアのクラフトビール事情をきいたところ、やはり5年前くらいからヒップスターが牽引してブームに火がついたとのこと。「やっぱりこっちでも眼鏡とヒゲと自転車とチェックのシャツなの?」って聞いたら「そのままだw」って言ってました。

Erikがよく友人と行くと言っていた「Hell Hunt」(ヘルハントではなくヒェルヒュントと発音するらしい)は醸造もやってる大きい箱のパブで地元民から観光客まで明るいうちから賑わってた。オリジナルではIPAが美味しかったな。

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「Brewery」はスポーツ観戦もできるようなカジュアルなパブでフードが充実。ビールも5種類くらい作っていて、テイスティングセットもある。「これは!」と思うような派手さはないけど、飲み疲れしないセレクション。Velvetというケラービアが美味かったな。

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「Koht」さんは、夜だと通り過ぎてしまいそうな路地の奥にある小さなお店。暖炉とソファがある居心地がいい店。樽+ボトルというセレクションで、かなり面白いものがありそう。この日はTANKER推しだったな。すごく感じのいいスタッフさんが声をかけてくれたので「東京から来たよ」って言ったらベアードビールのボトルを出して見せてくれた。すごい!翌日、Erikに「Kohtがよかったよ」と伝えたら「Kohtというのはplaceという意味なのだが、名もない場所という意味と、名付けられた場所という相反するふたつの意味がある不思議な単語だ」と教えてくれた。「母国語以外ではひとことで言い表せない単語」というやつですね。

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これにてバルト三国のおもひで、終了でございます。

 

A piece of cheese

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リトアニアのクライペダという小さな町で撮ったこの写真、ネズミのブロンズ像にチーズなんて、かわいいことをする人がいるなと思って撮ったのだ。

帰国してからインスタにアップしたら、リトアニアの人が「I hope you told your wish to this magical mouse.」というコメントをくれた。

このチーズは願掛けだったのかもしれないな。

遠い異国で写真を撮って、時間がたってからこんなことがわかるのは不思議なものだなあと思った次第。

Tallinn as medival magical town

バルト三国のおもひで、エストニア編その4。丘の下、市庁舎があるあたりは独立した行政区だったようで、こちらはこちらで栄えている。市庁舎前で中世からやっている「市議会薬局」では、失恋に効く薬も売っているらしい。名物ときいていた薬草酒は買えなかった。中はちょっとした薬学の博物館になっていていかにも魔術的な標本やら試薬瓶やら薬草の絵やら飾ってあって楽しい。欧州らしく、薬局のマークは蛇+盃の「ヒュギエイアの杯」。これが病院だと蛇+杖で「アスクレピオスの杖」になるよ。テストに出ます。

中世のタリンを映像で紹介する見世物小屋の客引きがいいかんじ。このペスト医師が押していたオルゴール車のようなオブジェがスチームパンク風味で素敵だった。どんな悪夢を見せてくれるのかしら。あまりに胡散くさかったので入らなかったが、今思えばネタとして行っておいてもよかったな。