Day 4: Podogorica-Korot

投稿日: カテゴリー: 2017 East Europe

国境を越えてモンテネグロ弾丸ツアー。首都ポドゴリッツァの中心部は紛争の傷跡もほぼ感じられないさっぱりとした街。立派な正教会があったが立ち寄れず、夏の離宮へ。

ここ自体は見るべきものなしだが、脇にひっそりと建っていた礼拝堂をのぞいたらおじさんが中に入れてくれた。美しいイコンがいくつか飾られていて静謐な空間を独り占めしてしまった。見るべきものなしと思っていても、こういうことがあるから旅は楽しいのだなと思う。

その後、古都コトルへ。切り立った岩肌の山を背後に抱く港町で、小さいがとても風情がある。山上の城壁や教会までは(暑すぎて)たどり着けなかったが、カトリックの聖ルカ教会も正教会もとても立派で見応えがある。

国境を越え、ドゥブロヴニクへ戻る。

Day 3: Dubrovnik

投稿日: カテゴリー: 2017 East Europe

国境を越えてクロアチアのドゥブロヴニクへ。クロアチアの海岸線には9kmだけボスニアヘルツェゴビナ領がある。ここのボーダーコントロールはさすがにゆるい。ここがないと海のない国になってしまうとかでボスニアヘルツェゴビナが死守しているらしい。リゾートホテルが立ち並んで熱海のような雰囲気。

さてドゥブロヴニク、この日はフェスティバルの開会日だったのかすごい人出。政府要人も来るようだ。中心には特設ステージも組まれてオーケストラの演奏の準備が進められていた。聖堂ではコーラスも聞こえる。

ぐるりと旧市街を囲む城壁に登り半周する。アドリア海がキラキラとしていて本当に美しい。90年代にユーゴの攻撃を受けて半壊したらしいが、よくぞここまで復興したなと。ワルシャワの修復士たちが協力したそうで、中世の石工の道具を作るところから始めたんだとか。

城壁から降りて遊覧船に乗り、45分ほどのクルーズ。風が気持ちいいが、それにしても40度近くて消耗する。

一度ホテルに戻り荷物を置いて、夜にまた旧市街へ。レストランやバーが並ぶ路地でシーフードを。シーフードの前菜盛り合わせやロブスターの辛いパスタ美味しかった。食べ終わった頃に花火があがって、路地の隙間から見ることに。その後港に出たがライトアップした城壁と月が幻想的である。

Day 2: Sarajevo-Mostar

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ラティンスキ橋。ここが世界史の教科書に載ってた「サラエボ事件」の現場かと感慨深い。オーストリア皇太子、初回の爆破テロは回避したのに、帰り道に狙撃されてしまったというのが悲しい。

旧市街はモスクを中心にイスラム色が強く、土産物屋が並ぶ路地や軒の低さがとても日本に似ていて親近感。しかし土産物屋のほとんどはトルコ製ではないだろうか。修道院だった美術館をひとまわりして、カフェというよりチャイハネのような店の縁側でチャイを飲む。

モスタルに移動。40度近い。さらにイスラム色が強まる。この町の象徴であるスタリモスト(石橋)はもはや半円に近いような丸い橋で、丸い敷石も観光客の靴底で磨かれてツルツルになっている。雨が降ったら危なくて渡れないかもしれない。橋の上で金を集めて25mの高さから飛びこみをする男が何人かいた。50ユーロ集まったら飛ぶらしい。

橋の西側、高台のほうをぶらぶら。シナンの弟子が作ったというモスクがある。その近くに「トルコ人の家」という見学施設が。トルコ人の生活様式を模した木造家屋で、靴を脱いで二階にあがるとカーペットの敷かれた広々とした居住空間。誰もおらずひっそりしていて、本当に誰かのお宅におじゃましているようだった。窓から川とミナレットが見え、風がよく通る。しばしまったり。

すこし裏道を行くと砲撃の後か、廃墟になってしまった建物、殉死した兵士たちの墓地を見て憂鬱になる。墓碑にはみな没年1993と刻まれていて切ない。

Day 1: Belgrade

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ベルグレード。

そもそもベオグラードをベルグラードというのを初めて知った。旧ユーゴ時代の首都。NATOの攻撃の後も見える。

旧ユーゴ時スラビア歴史博物館。チトーの墓もあったらしいがスルーしてしまった。旧ユーゴ時代の家電やプロパガンダアートなど内容は充実していたが、時間がなく駆け足だったのが残念。たまたまジャックたちがツアーでベルグレードに来ていたようでびっくりした。メッセージをくれて嬉しかったな。

旧市街のミハイル通りはカフェが並んでいて華やか。道端でおばあちゃんたちが手編みのクローシェなどを売っていた。足早に通り過ぎてしまったけれど後で写真を見直したら素敵だったな。部屋に合わなそうだから買わないけれど、きっと伊勢丹とかで素敵にディスプレイされていたら買ってしまうのだろうなあ。

現地ガイドさんにクストリッツァのことを聞いたら大好きな映画監督だそうで話が盛り上がる。彼女も「アンダーグラウンド」が一番好きだと言っていて嬉しくなってしまった。彼は現ボスニア出身で、もとはムスリムだったんじゃないかと言っていた。新作の公開は11月くらいになりそうとのこと。ある意味、地元なのに日本よりも遅いのだな。

その後国境を越えてボスニアヘルツェゴビナのサラエボへ。

Beer Cruise in Tallinn

投稿日: カテゴリー: 2016 エストニア2016 バルト三国ビール

タリンでは歴史博物館は閉館日、聖母マリア教会はコンサートのため貸し切り、「死の舞踏」を収蔵している美術館もカンファレンスのため貸し切りという最悪のタイミングで、主要な観光地にはほぼ行けず。そのかわり時間ができたので、ビアパブめぐりをしてきた。

年の近いエストニア人のガイドErikにエストニアのクラフトビール事情をきいたところ、やはり5年前くらいからヒップスターが牽引してブームに火がついたとのこと。「やっぱりこっちでも眼鏡とヒゲと自転車とチェックのシャツなの?」って聞いたら「そのままだw」って言ってました。

Erikがよく友人と行くと言っていた「Hell Hunt」(ヘルハントではなくヒェルヒュントと発音するらしい)は醸造もやってる大きい箱のパブで地元民から観光客まで明るいうちから賑わってた。オリジナルではIPAが美味しかったな。

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「Brewery」はスポーツ観戦もできるようなカジュアルなパブでフードが充実。ビールも5種類くらい作っていて、テイスティングセットもある。「これは!」と思うような派手さはないけど、飲み疲れしないセレクション。Velvetというケラービアが美味かったな。

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「Koht」さんは、夜だと通り過ぎてしまいそうな路地の奥にある小さなお店。暖炉とソファがある居心地がいい店。樽+ボトルというセレクションで、かなり面白いものがありそう。この日はTANKER推しだったな。すごく感じのいいスタッフさんが声をかけてくれたので「東京から来たよ」って言ったらベアードビールのボトルを出して見せてくれた。すごい!翌日、Erikに「Kohtがよかったよ」と伝えたら「Kohtというのはplaceという意味なのだが、名もない場所という意味と、名付けられた場所という相反するふたつの意味がある不思議な単語だ」と教えてくれた。「母国語以外ではひとことで言い表せない単語」というやつですね。

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これにてバルト三国のおもひで、終了でございます。

 

A piece of cheese

投稿日: カテゴリー: 2016 バルト三国2016 リトアニア

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リトアニアのクライペダという小さな町で撮ったこの写真、ネズミのブロンズ像にチーズなんて、かわいいことをする人がいるなと思って撮ったのだ。

帰国してからインスタにアップしたら、リトアニアの人が「I hope you told your wish to this magical mouse.」というコメントをくれた。

このチーズは願掛けだったのかもしれないな。

遠い異国で写真を撮って、時間がたってからこんなことがわかるのは不思議なものだなあと思った次第。

Tallinn as medival magical town

投稿日: カテゴリー: 2016 エストニア2016 バルト三国

バルト三国のおもひで、エストニア編その4。丘の下、市庁舎があるあたりは独立した行政区だったようで、こちらはこちらで栄えている。市庁舎前で中世からやっている「市議会薬局」では、失恋に効く薬も売っているらしい。名物ときいていた薬草酒は買えなかった。中はちょっとした薬学の博物館になっていていかにも魔術的な標本やら試薬瓶やら薬草の絵やら飾ってあって楽しい。欧州らしく、薬局のマークは蛇+盃の「ヒュギエイアの杯」。これが病院だと蛇+杖で「アスクレピオスの杖」になるよ。テストに出ます。

中世のタリンを映像で紹介する見世物小屋の客引きがいいかんじ。このペスト医師が押していたオルゴール車のようなオブジェがスチームパンク風味で素敵だった。どんな悪夢を見せてくれるのかしら。あまりに胡散くさかったので入らなかったが、今思えばネタとして行っておいてもよかったな。