sky of Tunisia

投稿日: カテゴリー: 2006 チュニジア




チュニジアで知り合ったにも関わらず、自宅はご近所さんだった
かしむらさんが遊びにきた。
あいかわらず世界中を飛び回っていて、美味しいものを食べ
わたしの知らない海の中の世界を知っていて、
お話を聞くのが楽しい。
広島の雨後の月という大吟醸を持ってきてくださったのだが
ものすごく華やかなお酒で、ひとりで飲んでしまった。
チュニジアの空は青かったねえ、という話になった。
サービスエリアで見上げた空が本当に青かったのを思い出した。
不思議と、シチリアの空はそんなに青い印象がない。
たかだか地中海をはさんだだけなのに、
そんなに空の色は変わるものだろうか。
とはいえ、わたしの記憶にしろ、写真にしろ(同じフィルムなのに)、
チュニジアの空はダントツに青い。
そして紫になり、群青になり、夜になる。

Tunisia: Istanbul-Osaka-Tokyo

投稿日: 3件のコメントカテゴリー: 2006 チュニジア

チュニメモ最終日。
1月3日。
いよいよ帰国の日。
2連泊した、首都・チュニスのシェラトンホテルは
高台の上にある瀟洒なホテルだった。
朝ごはんも美味しいし、お湯も出る(涙
でも、ロビーにおいてあるこれはどうかと思ったよ。

これ、鹿じゃねぇ????
(そもそもイスラム教の国でしょうが。)
チュニジアの通過、チュニジアディナールは
イミグレを抜けたら、たとえ空港内の免税店でも使えないので
ホテルの雑貨屋で使い切る。自分用にファーティマの手の
ペンダントを買った。お守りにしよう。
売店で切手を買い、部屋でハガキを書く。
昼、チュニスとカルタゴの間にあるハンニバル空港から
トルコのイスタンブールへ。およそ2時間半のフライト。
今回はトランジットに時間があるので
トルコで出国してイスタンブール市内で食事することになっている。
イスタンブール空港内は犠牲祭とかさなったメッカへの巡礼から
帰ってくる僧侶たちでごったがえしていた。
みんな空港の廊下にひれ伏してお祈りしている。
イスラム教の僧侶は、コスチュームのせいか
みんな哲学的なかんじがする。
サッカー選手のアレックスも見かけた。
TVクルーまで来てたが、トルコに移籍でもするんだろうか。
バスの車窓からイスタンブールの市内を見ていたら
もう本当にトルコ熱が再燃。
現地人のガイドさんが「降りて写真撮りますか?」と
聞いてくれたので「降りる!降りたい!!」と
みんなで熱烈希望したらナイスなスポットで車を止めてくれた。
ブルーモスクとアヤ・ソフィアが両翼に見えるとっておきの場所だ。
このふたつの大聖堂は、ものの基準を無視した大きさで感動する。
なんというか巨大な蟲のような城のような基地のような
そんなかんじなのだ。
現地ガイドさんも、こんなライトアップは初めて見た、とのことで
ミナレットがまるでケーキの蝋燭みたいで綺麗だった。
水道橋も7色に変化するライティングだった。今年はなんかあったのかな。

ブルーモスク

アヤソフィア
新市街のホテルで夕食をとり、また
バスで空港へ戻る。
ああもう絶対またすぐに来よう、と思った。
なんでこんなにトルコが好きなんだろう。
前世はトルコ人だったんじゃないかと思う。
(2年前の旅行で使ったきりのトルコ語も結構覚えてるし。)
で、入国手続きもして、免税店でちょっと買い物して
(トルコのお土産はチュニジアにくらべて洗練されてるので
カードでばかすか買い物してしまった…)
さくっと帰るぞー!と思っていたのに待っても待っても
搭乗ゲートが表示されない。いや〜な予感がするなあと思っていたが
「到着予定の機材が遅れたため」とかなんとか言って
またしても3時間のビッグ・ディレイ!!!
空港のベンチで横になって寝たよ…
深夜、ようやく飛行機が発ったころには
疲れ果てて爆睡。
そして、ようやく日本に着いたと思ったら
乗り継ぎ時間がギリギリすぎて間に合わず
(荷物が早く出てきた人は間に合った。そんなんありか?)
キャンセル待ちしようかとも思ったが
航空会社の金で日航ホテルに泊まれるならそっちのほうが
いいや、と思い関空で一泊することに。
同じく乗り遅れた人と居酒屋で乾杯した。(当日の日記へ
今回、添乗員がつきそってくれるツアーは
はじめてで時間や食事が自由にならいのが歯がゆかったりもしたが
旅慣れた人に囲まれて本当に楽しかった。
(13人中、ギアナ高地に行ったことがある人が7人って
レベル高すぎると思う…)
シュクラン。

Tunisia: Tunis-La Marsa-Sidi bou said

投稿日: 2件のコメントカテゴリー: 2006 チュニジアJournal

チュニメモ。
1月2日
・バルドー博物館
ここは「北アフリカのルーブル」と呼ばれているほど
美しい建物とコレクションが有名な博物館で
とりわけ、モザイク画のコレクションは世界一だ。
アンダルシアの王宮があったことから「プラド」
(スペインのマドリードの美術館と同じ)という名前だったが
アラブ人が発音しづらいので「バルドー」と訛ったとのこと。
壁面をモザイク画が埋め尽くす様は、まさに圧巻であった。

とにかく時間がないので、ガイドさんの説明をゴメンナサイして
鑑賞&撮影に集中。足早に博物館の中を巡る。
ヨーロッパからも団体が来ていて、ものすごい観客数だったが
それでも、展示室にわたしだけ、という瞬間がある。
そんななかでローマ時代のモザイク画をひとりで見るのは
贅沢な時間であった。たとえ2分くらいでも。
なにしろ鉱石が原材料なので色褪せないのだ。鮮やかだ。
天井にオスマントルコ時代の豪華絢爛な意匠が施された
レセプションの間では、最近発掘された巨大なユピテル像
(=ジュピター、ゼウス)の足と頭部が展示されていた。
鎌倉大仏くらいの規模だろうなあ…
・メディナ
さすが首都のメディナだけあって、ものすごく複雑かつ
規模が大きい。迷路になっているところはガイドさんの後をついて
あとはまっすぐ行けば出口、というところで解散。
「民家のドアのとこに飾られてる“ファーティマの手”の
ドアノッカーが欲しいのだが、どこで手にはいるだろうか?」と
ガイドさんに尋ねたら「ここではないかもしれないけど
近所にあるかもしれないから見つけたら買ってきてあげる」と
言ってくれた。昨日の賄賂(お菓子200円相当)が効いたんだろうか…
骨董屋だかガラクタ屋だかわからない店で
アンティーク風(?)“ファーティマの手”を見つけて
半額くらいまで値切って購入。買ったついでに
「写真撮らせてちょうだい」とお願いして
店でいっぱい写真を撮らせてもらった。
とにかく骨董だかガラクタだかわからないものが
みっしりと並んでいて、うちの近所の「EXPO」というガラクタ屋にそっくりだった…

あとはお土産にチャイティーグラスを購入。
色とりどり並んでいてかわいい。

ここの兄ちゃんも「どこに行ってきたの?」「チュニジアは楽しい?」と
聞いてくるので「すごいよかったよ。すばらしいよ。」と答えたら
本当に嬉しそうだった。みんな素朴で可愛いなあ。
チュニジアの土産屋さんは日本人を見かけると、だいたい
「ナカタ!コンニチワ!」って声をかけてくるんだけど
ひとり、 「サ ラ バ ジ ャ ! 」 って言ってる人がいて笑った。
どことなくアラビア語っぽくもあり覚えやすかったんだろうな…。
(「それ、使った方がいいよ!」って言っておいた。)
公約通り、ガイドさんは“ファティマの手”を買ってきてくれた。
ブラボー!
(↓民家のドアにくっついてるのはこんなの)

昼食は、地中海に面したラ・マルサという別荘地のようなところで
サバをいただく。イワシ料理が有名だと聞いていたので
それはそれで楽しみだったのだが、出てきた魚は妙にでかい…
「これ、サバじゃねえ?」(イワシは不漁であがらず…)
連日サカナ続きで、みんなやや殺気だっていたが
サバに罪はなく、美味しかった。(白飯がほしいくらいだった)
夕方はチュニス一の観光名所(?)白壁と青いドアの町
シディ・ブ・サイドへ。
町中の人が徹底的にドアを青く塗っていて感心した。
ひとりくらいアナーキーなやつが「うちはムラサキにするぜ!」なんて
やらかさなかったんだろうか。日本だったらありそうなかんじだけど。
夕方で、日がかなり落ちていたのが残念で
今度は絶対ここに2〜3日は滞在しよう、と誓った。
いたるところに猫がいて、いい町であった…
ちなみに、マホメットは大変な猫好きだったそうで
イスラム教徒は猫をかわいがる人が多いらしい。

ツインズ。
これで今回のチュニジア観光は終わり。
明日はイスタンブールで夕飯食べてサクっと帰る…予定だった。
(続く)

Tunisia: Sousse-Kairouan-Tunis

投稿日: 2件のコメントカテゴリー: 2006 チュニジア

チュニメモ。
1月1日
地中海で初日の出を拝む。
水平線にみっちり雲が出ていて、海から上るご来光は
見られなかったが、パウダーカラーのグラデーションが
徐々に明るくなっていく空が綺麗だった。
・オリーブ畑
ここに向かう途中、オリーブ畑に寄った。
チュニジアはギリシャやモロッコ、イタリアに次いで
オリーブの産地で有名。各地に圧搾所が見られた。
イタリアなんかは最終工程を自国で行えば
「イタリア産」と明記できるそうで、原料はチュニジアのもの
だったりすることもあるようだ。そうだったんだ…
オリーブはだいたい樹齢100年くらいまで美味しい実を付けるらしいが
ギリシャには樹齢2000年を越える巨木もあるらしい。
・ケロアン
ケロアン(カイラワンとも言う)は北アフリカ最大の聖地。
7世紀以降、中東より移住が進み巡礼の地として栄えたそうだ。
町中には9世紀に作られた貯水池が現役(?)で残っている。
・グラン・モスク

トルコのジャーミイ(大聖堂)のように4本の細いミナレット(塔)ではなく
ドッシリとした台形のミナレットが特徴。
チュニジアでは華美なものではなく質素がよしとされるらしい。
林立する無数の柱はローマ時代のものをリサイクルしていて
一見美しいのだけれど、よくみると年代も様式もちぐはぐ。
高さを揃えるために柱が切られていたり
台座の上に置かれたりしている。結構大雑把だ。
(ミナレットの正面のような物凄く目立つ場所でも、
左右違う柱が支えていたりする。)
初詣(?)に思わぬところに参拝できて気をよくする。
今年一年も穏やかに過ぎるといいな。
・シディ=サハブ霊廟
マホメットの盟友・シディ=サハブがこの地で殉死したので
ここに祀られている。北アフリカで最も美しいと
言われているイスラム建築だ。
彼には常にマホメットの毛髪を3本持っていたという
エピソードがあり、ガイドブックにも「マホメットの理髪師」と
書かれているものもあるようだが、それは間違い。

アンダルシア風の多色使いのタイルや
アラバスターの彫刻がまるでレースのように繊細。
ここを訪れる女性は、祈祷の順番待ちしている間に、
壁面のタイルの柄を覚えて、カーペットの柄に応用するらしい。
イスラム世界では天空の青、木々の緑、無垢の白の3色が
聖なる色としてタイルなどに使われるとのこと。

ちょうど割礼の儀式の男の子一団とはちあわせ。
ハレの日なのでおめかししていて可愛い。
「ロロロロロロロロ!!」という甲高い女性の声に一同驚く。
ベルベル人女性の歓喜の表現なのだそうだ。
あまりのイキオイに、サイレンかと思った…。
・メディナ
ケロアンのメディナは城下町らしく活気がある。
伊勢のおかげ横町みたいなかんじ。
路地に入ると人がぐっと少なくなって、ほかの町よりも
淡い色のブルーが目立った。
少し水色がまじった漆喰などが美しい。

マトルーと呼ばれる甘い揚げ菓子が有名らしく
ガイドさんにも薦められたので、揚げたてを売っている店に入ったら
若い男の子たちに囲まれて強引に200円ぶんばかり買わされてしまった。
渋いお茶と一緒でも2個が限界…という甘さ。
それが20個くらい入ってる。無理無理!!
(その後、ガイドさんに箱ごとさしあげたら喜ばれた。よかった。)
オテル・ラ・カスバという城塞(カスバ)をそのまま使った
ホテルで昼食。
クラシックで雰囲気のある素敵なホテルだった。
支配人が「これからトルコ人の団体が来ちゃうから
早くビュッフェに行った方がいい!」と急かすので
戦々恐々としながら食べた。
トルコ人の団体…想像するだに賑やかそうだ…。
奥には城塞としての建物がそのまま残っていて
ブティックやバーとして使われている。
地下に降りていくと厨房のような穴蔵に
かわいい絨毯や座布団が敷いてあって雰囲気が良い。
店が閉まっていたのに、店番の兄ちゃんが
わざわざ「オスマントルコ人を閉じこめていた牢屋」を
得意げに見せてくれたが、あたしたちの後ろには
トルコ人観光客もいたのだった。(言葉通じなそうだったからいいか。)
・ザグアンの水道橋

カイルアンを後にして首都・チュニスに向かう。
途中、世界最長の水道橋に立ち寄る。
ところどころ修復されているので、思っていたよりも
ずっと状態が良い。2世紀頃から、ザグアン山から124km先の
公共浴場まで水をはこんでいたのだそうだ。
17世紀くらいにオスマントルコも利用していたらしい。
石の文化は凄いなあ。
ローマの石よ、カルタゴの石よ…!と思いながら
そのへんに落ちてた石を拾った。

Tunisia: Matmata-Sfax-Eljem-Sousse

投稿日: カテゴリー: 2006 チュニジア

チュニメモ。
12月31日 大晦日。
早朝にマトマタを出発。
荒涼とした大地に霧がたちこめていて、まるで雨が降ったように
地面もバスも濡れている。このへんはスターウォーズの
ロケにも使われていて、今でも中庭にセットを残したホテルがある。
・スファックス

スファックスはチュニジア第二の都市で、経済や産業の中心。
いまだに大統領や閣僚はここ出身の人が多くを占め
行政や学問の中心が首都チュニスに集中しているのが気に食わず
なにかと言うとチュニスを敵対視しているらしい。
この町の人は商売が上手で財布が堅いのも有名で、
どこの国にも「大阪的」な町はあるものだなあ、と思う。
スファックスのメディナは屈指の規模らしいが
犠牲祭り当日だからか、ほとんどが閉店。しょぼーん…。
しおしおと歩いていると、子供達たちが着いてくる。
物乞いとかではなくて、単にアジア人が珍しいようだ。
「なんで店が全部閉まってるの?」と12歳くらいの女の子に聞いたら
「“ロワーズ”だから」という応えが。
ロワーズって何???Loisir(余暇)のこと??
「チュニジアは好き?楽しい?」って聞かれたので
「もちろん!すばらしい国だと思う」って言ったら
とても嬉しそうにしていた。かわいいなあ。
メディナはどこも堅牢な城塞に守られている。
中は浅草の仲見世商店街みたいなかんじで
土産屋、食堂、床屋、市場、モスクなんかがある。
・エルジェムの円形闘技場

わたしはローマに行ったことがないので
円形闘技場の規模の大きさにびっくりする。
4万人収容できる規模でも世界で3番目なんだそうだ。
ローマのはどんだけでかいんだ。
闘技場は床がせりあがって闘士が登場するような
派手な仕掛けもあったらしい。
ぜいはあ言いながら上まで階段を上ると
町を見下ろす素晴らしい眺め!
ちょうど日が斜めに入ってくる時間で
回廊の光の加減もとっても美しかった。

・スースのメディナ
第3の都市スースへ。
ここは海辺の町で、いかにも貿易で発展したような
開放感と活気がある。賑わっている熱海みたいなかんじ。
スファックスのメディナが全部閉まっていたのは
なんだったんだろ?というくらい活気がある。

城塞の前は開けているのだけど、一歩メディナの中に
入ると路地が無尽に走っていて、ドアを青く塗った
店が軒を連ねている。ヨーロッパからの観光客も多い。
ここではバブーシュを購入。ふっかけられたけど
ちょっとは値切ったからいいや。
夕方にはポートカンタウィのホテルへ。
プライベートビーチがあるような綺麗なリゾートホテルで
ひと安心。昨日のマトマタではお湯もろくに出なかったのだ。
夕方のビーチは空がなんともいえない紫〜ピンクの
グラデーションで綺麗だった。日本の海もこんな色になるのかな。

この日は大晦日の「ガラ・パーティー」が催されるとのことで
食堂に行ったら正装したヨーロッパの観光客がわんさかいて
かなりびびった。金のスパンコールのジャケットを着た
おばあちゃまとか。(←どこで買ったの?って聞きたかった)
ステージはナツメロオンパレードだったが、
かわいいお姉ちゃんがベリーダンスを踊ったりもするので
ステージ正面は、なぜか給仕の兄ちゃん達が占領していた。
まあ露出の高いステージなんて、そうそう見れないだろうしな…許す。
飲めや歌えやのパーティーはどうやらカウントダウンまで
続いたらしいが、デザートを食べた段階で撃沈。

Tunisia : Tozeur-Douz-Tamezlet-Matmata

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チュニジアメモ
12月30日
今日はチュニジア最大のオアシスの町トズールに滞在する。
朝、馬車を1台借りて家族でトズールの町を一周した。
英語が堪能なガイド・ロトフィ氏がアテンドしてくれる。
開口一番「ニュースを見たか?」と聞かれる。
フセ●ンが処刑されたとのニュースで、驚く。
「フ●インは悪いやつだが、アメ●カはもっと悪い」というのが
彼の意見(であって、おおかたのチュニジア人の意見かどうかは不明)で
特に、イスラム最大の祝日「犠牲祭」にぶつけて執行されたことで、
フセインが支持者から聖人として祭り上げられるのではないか、と
やや興奮気味に話していた。
さて、今日はその「犠牲祭」なのだった。
軒先で羊を屠っているのを発見。
一家で羊を一頭買い、家で屠り、祈り
革や肉を余すところなく使う。
最近は業者が予約した時間にやってきて
サクっとやってくれるらしい。
昨日寄った大手スーパーのカルフールでも
駐車場に特設テントが作られて羊が売られていたのだが
おおかた売り切れていた。一頭10万〜15万円くらいするらしく
みんなこの日のためにお金を貯めるとのこと。
12世紀ごろに学者が治水したという水路を辿り
40万本のナツメヤシ林をゆっくり走る。
ロトフィさんはナツメヤシの生態を妙に詳しく説明してくれた。
・動物園
「DEMANDE LA SPECIALITE PARADIS」でサハラの動物たちを見学。
案内してくれたガイドが異常にハイテンションで
檻にずかずか入っていって眠っている動物を起こしたり
らくだにコーラ(?)を飲ませたり、トカゲを肩に
とまらせたり蛇を首に巻いてくれたりした。
ライオンをマジギレさせたりもしていた。
(あんな怒って咆えるライオンを見たのは初めてで貴重な体験。)
はっきりいって、とってもしょぼいラインナップなのに
エンタメっぷりは旭山動物園並だ。
↓サソリにマルボロを持たせてみる…

・メディナ
城壁に囲まれた旧市街を「メディナ」という。
トズールのメディナはイラン・イエメンの影響を強く受けたという
煉瓦の壁と、そこここに何気なく掛けられたキリム(織物)
からくさ模様の鋳物が落とす影のコントラストが美しい。
・塩湖
ショット・エル・ジェリドと呼ばれるチュニジア最大の塩湖へ。
雨が大量に降ったとかで、トルコの氷海のような白い湖ではなかったが
土産もの屋の前に「なんだかわけのわからないオブジェ」が
作られており大興奮。
マヌケ時空発生!マヌケ時空発生!

でも広大な塩湖に朽ちたオブジェは妙〜に
シュールでアートなかんじなのだった。
・サハラ砂漠
サハラ砂漠で駱駝に乗る。
気分を盛り上げるために、もちろんベルベル人のガウンも借り
頭にはオレンジ色のターバンを巻いてもらった。
駱駝はひとこぶで、こぶの後ろに鞍を置いて乗る。
乗り心地はゆらゆらとして非常〜に快適だったが
後ろの駱駝が発情期だったらしく、わたしの乗っている子の
お尻をつっつくので、そのたびにうちの子が
「びくぅ!」となるので焦った。

コスプレしてご満悦。
砂丘を越えたあたりで馬に乗ったベドウィン(遊牧民)が
馬を駆けてきて「馬の速駆けをやってみんかね?」と誘ってくる。
RPGの画面から抜け出してきたような衣装だ。
アラブレットもたてがみが長く、美しい鞍を乗せている。
「速駆けはいらんが、あんたとその綺麗な馬の写真を撮らせてくれ!」
と交渉しそうになったが、ツアーなので「ひとり撮影会」を
始めるわけにもゆかず、駱駝の上からこっそり激写するにとどめる。
(無念。)

・ベルベル人の家
その後、ベルベルの要塞の町タメズレットで休憩。
なんでこんなとこに住んでるかなあ、というような
荒涼とした丘の上だ。ベルベル人は起源も不明の民族らしいが
とにかく色々な民族に迫害され、地下や丘の上に
暮らすようになったらしい。
かつてはユダヤ教やキリスト教だったこともあり
魚や十字のシンボルをお守りにしたりしているのが興味深い。
イスラムになった今でも、女性は顔や掌に十字の刺青を入れるようだ。
観光客に開放しているベルベルの洞穴住居は
裏にパラボラアンテナが設置されていた。
電気や水道もあるし、車も持ってそうな雰囲気。
現代では結構豊かに暮らせてる人々もいるようでなにより…。

Tunisia :Tokyo-Osaka-Istanbul-Tunis-Tozeur

投稿日: 4件のコメントカテゴリー: 2006 チュニジア

チュニジアメモ。
12/28
午後からゆっくり出発。
羽田から関空へ行き、そこからトルコ航空でイスタンブールへ。
イスタンブールからチュニスへ行くはずだった。
関空で3時間のディレイ。機長が急病で倒れたらしい。
イスタンブールまでは3人のクルーで飛行しなければならないとのことで
急遽キルギスタン経由で人員補充することに。
「キルギスタンて、どこ…」
と、ざわめくサテライト。
イスタンブールで5時間近くのインターバルがあったので
キルギスタンに寄ってもチュニス行きの飛行機には
間に合ったのだが、はらはらした。
12/29
チュニスに着いたのは午後2時すぎ。
シディ・ブ・サイドという青と白の町の瀟洒なレストランで
やや遅めの昼食。快晴で冬だというのにブーゲンビリアが
いたるところに咲き乱れている。美しい町だ。
チュニジアの観光客むけレストランはフォークの数で
格を決めているが、このへんは「自称」らしい。いいかげんだ。

食事のあとは遺跡めぐり。
・トフェの墓地

フェニキア人が信仰した神への供物は子供だったらしく
その子供達のお墓だと言われている。
墓に描かれた不思議なマークはチュニジアのシンボルにもなっており
タバコの箱にもプリントされていた。
なんか上野桜木の浄名院・四万八千体地蔵に似ている…
・港

カルタゴ時代からローマ時代にかけて使われていた軍港と商業港。
海側からは商業港しか見えない作りになっている。
軍港のほうは凪いでいて、空をうつした水面が綺麗。
・アントニウスの共同浴場

2世紀から4世紀まで、遠くのザグアン山から水をひっぱってきて
使われていたというスパ。
左の一番高い柱は20mあり、これ8本でドームを支え、
屋根の高さは50mに及んだと言うから、すごい規模の健康ランドだ。
どんだけ風呂好きなんだ。
左手は首相官邸とのことで「絶対に官邸にカメラはむけないでください」
と注意される。自動小銃を持った警備員がピリピリと警護していて
なんだか不穏なかんじ。政治が穏やかではないのだろうか。
一方の遺跡のほうはホロホロ鳥がテケテケ散歩してて
なんとも平和そうであった。
・ビュルサの丘

紀元前9世紀ごろ、カルタゴの人々が住み着いた丘。
ランダムに置かれたローマ時代の円柱の遺跡が
夕景にとけ込んでいて幻想的だった。
ここからのカルタゴ〜チュニスの眺めがすばらしかった。
閉まりかけのカルタゴ博物館に滑り込んで
少しだけコレクションを見る。
フランス統治時代の大聖堂も美しい。
夜、チュニスとカルタゴの間の町ラグレットでディナー。
ベリーダンスを見た。ダンサーがとっても
ふくよかで「ベリーダンスがダイエットに効くというのは
果たして本当なんだろうか…」と一同疑問に思う。
夜、チュニスエアーで砂漠のオアシス・トズールへ。
ここでも1時間ディレイ。どろどろに疲れているので
待ち時間も飛行中も爆睡していて記憶なし。
東京-大阪-イスタンブール-チュニス-トズールと
実に4回飛行機に乗ったわけだが
そのうち3本遅延ってどういう日なんだ。