naoshima 2

投稿日: カテゴリー: 2010 瀬戸内

朝一番で地中美術館へ。
混んでるし、印象派はあまり好きではないし、どうかなあと思っていたが、結果行ってよかった。
安藤忠雄の建築も素晴らしいし、モネの睡蓮を飾るためだけの白い、明るい部屋も素晴らしいし、
なにより、タレルの青い部屋は感覚が解放されるような上も下もなくなるような不思議な感覚になる作品だった。

美術館につづく道は、南フランスのような睡蓮の池が。

その後は、直島の町をぶらぶらしつつ、家プロジェクトをいくつか見る。
作品ももちろんよいのだけど、古い町並みが残る島の風景がよい。
ぽつりぽつりと、若い人たちが出している店もある。
一般のお宅の玄関も、どことなく「アートなかんじ」になっているのが微笑ましい。


護王神社
杉本博司/Appropriate Proportion


大竹伸朗/歯医者

谷根千もそうだけど、町自体に魅力があったのに長いこと気づかれなかったようなところも、
外から評価されて、その町が好きになって若い人が入ってくると町は老人も含めとても元気になっていく。
今まで汚いままにしてあったところも綺麗になる。
若い人のほうが、外から認められたいという認知志向が強いからだろうか。
新しいコトはするけど、今あるモノは大事にする傾向も中高年よりも強いと思う。

日本にはこういうところがまだまだたくさんあるのだと思う。
呼び水さえうまく入れられれば観光立国になるのも夢ではないと思うのだ。
まずは国内で褒め合えばいいんじゃないの。

勉強不足でまわりきれなかったので、また行きたい。
ちなみに直島はバスと船と、美術作品の公開ステータス
(公開時間と、整理券の要不要、予約の要不要など)がキモです。
これを把握してないと今度は時間をもてあましてしまう。
まあ、最初は全部回ろうとしないことだ。意外と広い。

夕方、高速艇で高松へ。

naoshima 1

投稿日: カテゴリー: 2010 瀬戸内

犬島から高速艇で直島へ。
叔父と叔母に見送られたのだが、手を振る人がどんどん小さくなって、
陸はどんどん離れて行く風景というのは
なんだか新鮮かつ切ないものであった。
なんだこのノスタルジー。インプリンティング?

直島へは30分くらいだっただろうか、鄙びた港を想像していたら
港がガラス張りの近代的な建物でびっくりする。
港のまわりは芝生の公園になっていて、オサレなベンチや
草間弥生のかぼちゃ(赤)の作品。
こどもが登ったりしていて、ほのぼのした。

バスに乗って宿にむかう。
一方通行の細い道を、幅いっぱいのバスがのろのろと進む。
GWだからか、先日のテレビの影響か、細い路地には観光客が多い。
香川の小さな島が現代美術でずいぶん成功したんだなあと思う。

今回泊まるのはベネッセハウスの「ミュージアム」という棟。
まさに美術館の中に部屋がある。
作品を横目にみながら、privateの看板がたつ廊下にひょいと入ると
すぐに客室なのだった。
部屋数が少ないのにGW直前で偶然空いていたのだった。
直前でキャンセルが出たのかもしれない。

ベネッセハウスは、ミュージアムのほかにパーク、ビーチ、オーバルなどの棟に分かれており、
それぞれに美術作品が置かれている。
オーバルは宿泊客しか入れず、専用のモノレールで移動するという凝った作りなのだった。

コレクションに関しては、ひと昔前というかんじはあるものの、
箱が大きくかなりゆったりと配置されていて
そのへんの県立の現代美術館などよりはよっぽど立派だ。

広い敷地内を移動して作品をぶらぶらみていると、あっという間に時間がたってしまう。
しかしそのまま美術館の中で眠れるという余裕は、優越感があってなかなかいい。

海にある草間弥生のかぼちゃ(黄)は、やっぱり存在感があった。
まるで広告のような写真になってしまったが。

一般客が出たあとの、ひっそりとした美術館で
杉本博司の写真作品がほぼ貸し切り状態で見られたのが嬉しい。

inujima

投稿日: カテゴリー: 2010 瀬戸内

宝伝港から犬島までは、船で10分弱。
港から、精練所の煙突が見えるくらい近い。

船を降りると、すぐに木造のビジターセンターがある。
近年、ベネッセの肝入り(?)で建てられたものなのだろう。
木造だが、看板などのタイポグラフィもかっこよくて
中には物販やカフェもあるモダンな建物だ。
そこで注意事項の確認などをして、クロークに荷物を預け出発。

一周2キロくらいだろうか。島を半周取り囲むように遊歩道が整備され
内側に遺跡がある。チケットコントロールを通過すれば
遺跡のすぐ近くまで立ち入ることができる。
さすがに崩れかけた煉瓦の煙突の近くには寄れないが
それでもじゅうぶん、遺跡を探訪している気分になれる。
精練所の黒ずんだ煉瓦の壁がまるでローマの公共浴場のようだ。

かなり起伏が激しいが、道は歩きやすい。
整備しすぎず、適度に藪や荒れたところを残しているかんじが
なかなか好ましい。

途中、現代美術を展示する館「精練所」がある。
煙突から吸い込んだ空気を冷やして循環させ、自然に空調をおこなっているらしい。
中に入るとひとつめの作品。
暗闇のむこうに、窓が見える。
しかしその窓に向かって歩いていくと、いくども角にぶつかることになる。
鏡を複雑に反射させて、常に窓が正面にあるようにみえるのに
なかなか窓に辿り着くことができない。
そして、ようやく着いた先には窓がなく、窓だと思っていたものは空を映した鏡なのだった。
暗闇のなか明かりを求めて迷路の中を歩くような、不思議な体験型の作品だった。

柳幸典の作品が四点ほど。三島由紀夫の住んだ家の建具をばらして
オブジェにした作品も、想像よりもよかった。
もったいないことをするなあ、とも思ったが、
おそらく色々な事情で、そのまま残しておくことはできなかったのだろう。
こんな素敵なロケーションで保存されることになって
ミシマも喜んでいるにちがいないのだ。

精練所を出て、「本当の精練所」へ向かう。
鬱蒼と茂る藪を抜けると、まるで廃院のような精練所の壁と煙突。
これはよくぞ残してくれた。
一眼レフを持っていると集団行動ができなくなる子なので
今回はコンデジしか持っていかなかったのだが、次回は絶対に一眼持参でいく。
そんで、今度は冬に上陸する、と誓った。

犬島、素晴らしいです。

http://www.inujima-ap.jp/

okayama 5

投稿日: カテゴリー: 2010 瀬戸内

2010年5月2日

ゆっくりと朝ごはんを食べて、記念撮影もして犬と遊んでから出発。

閑谷学校(しずたにがっこう)
江戸時代に建てられた、岡山藩直営の庶民教育のための学校で
学校建築としては唯一の国宝だそうだ。
まだ開門前でなかには入れなかったのだが、新緑が美しかった。

ここ岡山は備前焼で有名。
叔父の家も合併で備前市になったらしい。
伊部(いんべ)という町が釜がたくさんあるところだというので
焼物好きなI氏のリクエストで立ち寄ってもらう。
古い町並みがかなり残っていいて、そこここに登り窯の看板がある。
焼き物を売る店も多い。時間があったらゆっくりまわりたかったな。

ちょっと面白い神社があるというので、立ち寄ったのは
天津神社。街道沿いにぽつんと鳥居が建っている
こぢんまりとした神社なのだが、縁起を見ると16世紀からある由緒正しい社らしい。

さすが備前焼の町で、狛犬、階段の両脇には備前焼のかわいい燈籠、
榊を活けてある花瓶や、瓦、十二支の置物など
よく見ると全部、備前焼なのだった。

そこからさらに宝伝港へ。
ここから犬島に渡る。
なんとものんびりとした港町で、海も、海水浴ができるような砂浜がある。
海苔を採るためのボートが船着場に無造作につながれていたりして長閑だ。
しかし、ここのご老人たちはずいぶん元気で、
老人クラブが駐車場の運営をしているらしく、おばあちゃんが駆けまわって
車の誘導をしていた。孫くらいの子供も手伝っていたりして
福祉の仕事をしている叔母は、いい取り組みだ~と感動していた。

「新婚旅行のじゃましたら悪い」という叔父と叔母を無理やり(?)連行して
一緒にフェリーに。GWだからか、かなりの乗客数だった。
聞けば、数日前にNHKで直島と犬島の特集をしたのだとか。
観光客でごった返していたらどうしようと心配しつつ
いざ、憧れの犬島へ。

okayama 4

投稿日: カテゴリー: 2010 瀬戸内

夕景の高松城跡 附水攻築堤跡。
特に何があるわけでもないのだが
水辺で、古い蔵のような資料館があって、
良い気が流れているようなところだった。

伏見稲荷、豊川稲荷と並ぶ三大稲荷のひとつ、最上稲荷をお参り。
ここの仁王門というのがちょっと変わっている。
焼失して昭和33年に建て替えられたのだそうだが 、インド様式でパゴダのよう。
仁王といいつつ、左右には狐が入っていて、なんだか不思議な建築物であった。

叔父の家は古民家で、犬を二匹飼っている。
エリカはちょっと精神的に病んでいる甲斐犬で、
クリは要領のいい柴犬。二匹ともかわいい。

晩は、薪ストーブを炊いたり、薪でお風呂を沸かしたりと
古民家一日体験を満喫する。わたしは見ているだけだったが。
台所の竈も、目地の細かなタイルがすごく可愛いのであった。

部屋に大きな蛾が一匹舞い込んできたのだが
叔父は「あ!モスラちゃんや!」と言いつつ追い掛け回したものの捕獲に失敗。
「しかしな、よくみると目がつぶらでカワイイで。」ということで
一晩ご一緒することになった。ある時を境に気配を消したのだが
一体、どこに潜んでいたのだろうか。

okayama 3

投稿日: カテゴリー: 2010 瀬戸内

鬼城山(鬼ノ城)

おにしろやま、きのじょうざん、と読む。

総社市にある国指定の史跡で、東アジアが戦争しまくっていた7世紀、
新羅とか百済とか高句麗とか(なつかしい!)、あの頃の古代遺跡が復元されている。
もちろん、本物の築城の跡も見られる。
現在復元されているのは、なんというか山の上に建ったコテージみたいなかんじで
日本の名城百選のうちのひとつらしいのだが迫力もなにもない。
ただ、壁にはりつけられた盾だかお守りだかの模様が
ずいぶんとエキゾチックで、中央アジアのもののようにも見えた。

いくつかの散策ルートがあったので、一番見所の多そうなコースを選んでスタート。
これがなかなか侮れない山道で、底がつるつるの、やる気のない靴で
歩き始めてしまったら、何度か怖い思いをした。

ところどころ、本気の崖があり、大きな岩が山からせり出している。
垂直に石が組まれているところがところどころあり、
それが要塞のあとなのだろう。東西南北の門の跡もあった。
叔父が崖を指さして
「その岩のさきっぽのところで、ふたりでタイタニックみたいなポーズして」
というポージング指導が…む、むり…。
一番楽しそうにポーズを決めまくっていたのは叔父であった。

山には山桜や躑躅、見慣れない草花がたくさん咲いている。
一所懸命名前を覚えたのだが、すぐに忘れてしまう。
(アオダマなんとかと、なんとかウンゼンツツジだったかな。)
躑躅がこんなに山に自生するというのを知らなかったので
山肌がマゼンダに染まるのを初めて見たのだった。
あとは羊歯の茂みからゼンマイもくるくる。
登山して写真を撮るというややシニアな趣味は解せないと思っていたが、
なるほど、季節によって小さな発見があって面白いものなのだな。

okayama 2

投稿日: カテゴリー: 2010 瀬戸内

5月1日

吉備津神社をあとにし、昼食に大盛りのうどんをいただき
吉備路風土記の丘へむかう。
HPによると
「岡山市西部から総社市にかけて地域は、2-3世紀に大和朝廷に匹敵する勢力を誇った古代吉備王国の中心であった。仁徳・応神・履中天皇陵に次いで全国第4位の規模を持つ前方後円墳、造山古墳。少し西には、こうもり塚古墳や備中国分寺がある。そして、その周囲には、桃太郎伝説に秘められた、吉備津神社、鬼ノ城、矢くいの宮、鯉くい神社、血吸川、赤浜 など数多くの神社、地名、史跡が存在する。」
とのことで歴史が深い。
http://www2a.biglobe.ne.jp/~marusan/phsojyashiyamatetiku1.html

近所の造山古墳にも訪れてみたのだが、ほそい溝を一本隔てて
農家の方々が農作業をしており、暮らしの中の古墳なのであった。
むしろ、ただの小山?というかんじですらあった。

備中国分寺のまわりでは、家族がレンゲ畑でピクニックをしていたり
子どもが用水路に入ってザリガニをとっていたりと、なんとものんびりした雰囲気。
観光客も少ない。
ただ、空気はなんともいえず清浄で、熊野の大齋原を思い出させた。

特別公開されていた五重塔内部は、霊獣(馬、象、孔雀、伽流羅)に乗った仏像が
四方を向いて安置されており、その派手さはまさにインドなかんじである。