Night Vivarium

投稿日: カテゴリー: Journal

mさんと上野動物園「真夏の夜の動物園」へ。もうかれこれ5年目くらいだろうか。夜の温室が美しい。途中、イシイと合流して西園でワオキツネザルなどを見ながらまったり飲む。その後、串かつ屋でNさんと合流してわいわい飲んだ。今年も無事に年パス更新。

Rakugo in Ueno

投稿日: カテゴリー: 落語

鈴本八月上席。前座「寿限無」、あんこ「初天神」、白酒「喧嘩長屋」、はん治「生簀の鯛」、文菊「高砂や」、正朝「普段の袴」、歌武蔵「相撲の話」、菊丸「子ほめ」

白酒師、はん治師はやっぱり好きだなあ。正蔵師見られなくて残念だったけど正朝師面白かった。
今回は学のない職人がご隠居や僧侶に教えを請うて本番に挑むって感じの話が多かったな。

「生け簀の鯛」は桂文枝の創作だそうで。はん治師匠がやるとまたいいかんじ。

DANCER〜セルゲイ・ポルーニン 世界一優雅な野獣

投稿日: カテゴリー: 映画

監督:スティーヴン・カンター『ダンサー、セルゲイ・ポルーニン 世界一優雅な野獣』
(2016年/イギリス・アメリカ/85分/カラー、一部モノクロ/1:1.85/DCP/原題:DANCER)

ポルーニンの美しく脆い表情がよく撮れているとおもった。ウクライナの寒々しい風景が印象的。とはいえ最後はハッピーエンドなかんじもあり清々しい作品になっている。
BBCらしいドキュメンタリーなので、これはテレビでもよかったかな〜。

牯嶺街少年殺人事件

投稿日: カテゴリー: 映画

エドワード・ヤン監督 『牯嶺街少年殺人事件』(1991年)
上映時間3時間56分。およそ4時間、完走した…
1960年代の台湾、統治時代の面影を色濃く残すコロニアル様式の建築と色の濃い植物と少年たち。絵はどこを切っても完璧な構図と色彩。それとはうらはらにストーリーは荒唐無稽で破滅的。長い、美しい悪夢みたいな作品だった。じゃっかん編集に冗長な印象を受けたので、もしかしたら私は188分版のほうが好きかもしれない。見た直後にぼうっとしながら東急本店の揚州飯店に入ったら、隣の席から中国語が聴こえてきて、そのまま映画の世界に入ってしまったような不思議な感じになった。

また台北に行きたくなってしまったなあ。

Day 4: Podogorica-Korot

投稿日: カテゴリー: 2017 East Europe

国境を越えてモンテネグロ弾丸ツアー。首都ポドゴリッツァの中心部は紛争の傷跡もほぼ感じられないさっぱりとした街。立派な正教会があったが立ち寄れず、夏の離宮へ。

ここ自体は見るべきものなしだが、脇にひっそりと建っていた礼拝堂をのぞいたらおじさんが中に入れてくれた。美しいイコンがいくつか飾られていて静謐な空間を独り占めしてしまった。見るべきものなしと思っていても、こういうことがあるから旅は楽しいのだなと思う。

その後、古都コトルへ。切り立った岩肌の山を背後に抱く港町で、小さいがとても風情がある。山上の城壁や教会までは(暑すぎて)たどり着けなかったが、カトリックの聖ルカ教会も正教会もとても立派で見応えがある。

国境を越え、ドゥブロヴニクへ戻る。

Day 3: Dubrovnik

投稿日: カテゴリー: 2017 East Europe

国境を越えてクロアチアのドゥブロヴニクへ。クロアチアの海岸線には9kmだけボスニアヘルツェゴビナ領がある。ここのボーダーコントロールはさすがにゆるい。ここがないと海のない国になってしまうとかでボスニアヘルツェゴビナが死守しているらしい。リゾートホテルが立ち並んで熱海のような雰囲気。

さてドゥブロヴニク、この日はフェスティバルの開会日だったのかすごい人出。政府要人も来るようだ。中心には特設ステージも組まれてオーケストラの演奏の準備が進められていた。聖堂ではコーラスも聞こえる。

ぐるりと旧市街を囲む城壁に登り半周する。アドリア海がキラキラとしていて本当に美しい。90年代にユーゴの攻撃を受けて半壊したらしいが、よくぞここまで復興したなと。ワルシャワの修復士たちが協力したそうで、中世の石工の道具を作るところから始めたんだとか。

城壁から降りて遊覧船に乗り、45分ほどのクルーズ。風が気持ちいいが、それにしても40度近くて消耗する。

一度ホテルに戻り荷物を置いて、夜にまた旧市街へ。レストランやバーが並ぶ路地でシーフードを。シーフードの前菜盛り合わせやロブスターの辛いパスタ美味しかった。食べ終わった頃に花火があがって、路地の隙間から見ることに。その後港に出たがライトアップした城壁と月が幻想的である。

Day 2: Sarajevo-Mostar

投稿日: カテゴリー: 2017 East Europe

ラティンスキ橋。ここが世界史の教科書に載ってた「サラエボ事件」の現場かと感慨深い。オーストリア皇太子、初回の爆破テロは回避したのに、帰り道に狙撃されてしまったというのが悲しい。

旧市街はモスクを中心にイスラム色が強く、土産物屋が並ぶ路地や軒の低さがとても日本に似ていて親近感。しかし土産物屋のほとんどはトルコ製ではないだろうか。修道院だった美術館をひとまわりして、カフェというよりチャイハネのような店の縁側でチャイを飲む。

モスタルに移動。40度近い。さらにイスラム色が強まる。この町の象徴であるスタリモスト(石橋)はもはや半円に近いような丸い橋で、丸い敷石も観光客の靴底で磨かれてツルツルになっている。雨が降ったら危なくて渡れないかもしれない。橋の上で金を集めて25mの高さから飛びこみをする男が何人かいた。50ユーロ集まったら飛ぶらしい。

橋の西側、高台のほうをぶらぶら。シナンの弟子が作ったというモスクがある。その近くに「トルコ人の家」という見学施設が。トルコ人の生活様式を模した木造家屋で、靴を脱いで二階にあがるとカーペットの敷かれた広々とした居住空間。誰もおらずひっそりしていて、本当に誰かのお宅におじゃましているようだった。窓から川とミナレットが見え、風がよく通る。しばしまったり。

すこし裏道を行くと砲撃の後か、廃墟になってしまった建物、殉死した兵士たちの墓地を見て憂鬱になる。墓碑にはみな没年1993と刻まれていて切ない。